アートと投資が、日本を豊かで素敵にする(後編)

アートと投資が、日本を豊かで素敵にする(後編)

日本に新しいアート経済圏を形成することを目指す株式会社MAGUS(マグアス)代表取締役 上坂真人さんと、WealthPark研究所 所長の加藤が対談。後編では、アーティスト育成教育の重要性と、それらを理解した上での投資の楽しさについてお聞きしました。

株式会社MAGUS(マグアス)代表取締役 上坂真人(うえさか まこと) :早稲田大学政経学部卒業後、朝日新聞社出版局(現:朝日新聞出版)に入社。日経マグロウヒル社(現:日経BP社)やマガジンハウス、日経コンデナスト(現:コンデナスト・ジャパン)、アシェット婦人画報社(現:ハースト婦人画報社)などで、営業としてメディアビジネスを支える。「ギンザ」や「ブルータス」「GQ」「エルガール」などの創刊やリニューアルを手掛けた。2011年に入社したアマナでは、アートプロジェクト「IMA」をプロデュースし、執行役員に就任。2021年3月から現職。武蔵野美術大学デザイン情報学科の客員教授も務める。

WealthPark研究所 所長 / 投資のエヴァンジェリスト 加藤航介(かとう こうすけ):「すべての人に投資の新しい扉をひらく」ための研究、啓発のための情報発信を行なう。2021年より現職。

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一般の方にアートを所有する楽しさを感じてもらいたい

加藤:コロナ禍でのロックダウンの際、ドイツのメルケル首相が「ドイツとは文化の国であり、政府は芸術家への支援を優先順位の一番上に置いている」旨の演説をしました。非常事態下において、一国のリーダーからのこの発言を聞いたとき、私はけっこうな衝撃を受けました。社会の根幹を支えている主体が誰であるのか、リーダーが深く理解しての発言だと感じたからです。よく言われるように、景気の「気」とは、気持ちの「気」です。コロナ禍のように人々の気持ちが暗くなっている時こそ、アートのような人々の活力の源となる力が大切であるとのメッセージと受け取り、大変に本質的な視点だと感じました。上坂さんはこのような海外の政治家の発言をどう感じられましたか?

上坂:はい。このニュースが出た当時は、MAGUS(マグアス)の立ち上げに向けて出資者を募っていた時期でして、出資候補の企業との話題によく持ち上がりました。実は、1930年代の世界恐慌の際にも、ニューディール政策で知られる当時のルーズベルト大統領は美術家救済計画を実施しており、多くの公共事業にアーティストを動員して、公共建築に壁画や彫刻をつくらせていました。そうした過去の例も含めて、私も「今こそアートなのだ」と訴えました。また、出資を検討する企業からも、新会社のミッションは社会性のある趣旨にすべきという声も出て、現在掲げている「アートで日本をもう少し素敵に」になりました。

一方で、国のアートへの関わり方について、私は以前から疑問でした。今の日本では、アート業界に対する補助金がばら撒かれ過ぎていて、アート業界全体の成長の妨げになっている可能性があります。アーティストの生活を緊急時に救済したり、彼らの権利を保護することは正しい動きに思いますが、大方針なき補助金は単なる「過保護」だと思います。多くの分野で、成長は行政に頼らずに起こります。結論として、補助金を通じた助成は避けた方がよいと、個人的には思っています。

私が行政に求めたいのは、民間がアート業界へ投資を行うきっかけを作るための支援です。例えば、企業向けに世界のアートシーンへの視察ツアーを企画するとか、個人がアート投資に踏み込めるようにアート市場の規模や過去の投資利回りなどのデータを整備することでしょうか。ご存知のように、スイス銀行はアート市場に関して毎年300ページにわたるレポートを発表しています。世界の他の大手金融機関も、独自にアート市場をリサーチして、その全体像がわかるような報告を続けている。対して、日本の民間の金融機関はまだそういう活動にまで動けていないので、そういった調査などを、行政に先導してもらいたいと思っています。

加藤:投資の意思決定に向けて、市場全体を鳥瞰できるデータが乏しいというのは、不動産業界でもよく似ていますね。賃貸や持ち家の戸数などは国が統計を整備していますが、不動産投資家の人数や住宅の収益不動産の市場の規模など、投資に絡む市場全体のデータは殆どないのが現状です。アートや不動産などには共通番号をふるなり、資産クラスとしての統計をまとめるなり、そのような民間主導で難しいインフラ作りは、ぜひとも、国に取り組んでほしいというのは同感です。この辺りの進展には、ブロックチェーン技術も期待できるのでしょう。

上坂そうですね。ただし、ブロックチェーンとアートという文脈では、少し注意が必要と思っており、私の考えを紹介しておきます。ブロックチェーン技術を既存のアート資産の保有者などを明確にするために使うのは良いとしても、ブロックチェーン技術を用いたデジタルな映像や画像といったアート作品、所謂NFTアートは、一般の方をむしろアートから遠ざけてしまわないかとの心配をしています。人が何か新しいことを始める理由とは、楽しさや、分かりやすさ、だと思うのです。友人に勧めたい、誰かに語りたいという気持ちになった時に人は動きますが、NFTアートを説明するのはそんなに簡単ではない。ですので、まずは日常としてアートを楽しんで、実際に所有してみたいなどと思うことが何より大事ではないでしょうか。アートになじみの無い方へ、ブロックチェーン上のデジタルアートを勧めることは、やや時期尚早と思います(笑)。

加藤: 確かに、そうですね。金融商品でも仕組みが複雑なもの、例えば「仕組債」と言われるような商品があります。それを提案することは、一般の方を投資から遠ざけてしまう側面はありますね。楽しそう、わくわくする、分かりやすい、という感情で人が動くというのは納得感があります。

アートフェスティバルの前に、地元のアーティストを育てる教育を

上坂: 先に申しましたが、MAGUS(マグアス)はメディア活動を中心としながらも、皆が楽しめて、そしてカッコいいと思えるようなギャラリーや空間創りにも携わっていきます。そういう場所には、アート投資に興味を持っている起業家であるとか、美意識の高い人達の注目が集まります。例えば、先日、我々の呼びかけでCADAN(日本現代美術商協会)と車メーカーのアウディ社をコラボレーションさせ、六本木ヒルズ内のヒルズカフェをギャラリーへ変容させた「CADAN ROPPONGI presented by Audi」というイベントを実施し、お蔭様で大盛況、大きな反響を頂きました。期間限定のプロジェクトでしたが、こうした取り組みを継続させて、東京にもアートを文化として根付かせていきたいと思います。

加藤:私も同イベントのプレミアに出席させて頂きましたが、迫力のある大きなサイズのアート作品が複数並ぶ、カッコいい空間でした。香港人の同僚と訪れましたが、様々な若手日本アーティストと対話をすることもでき、彼らの作品に込めた想いには心を動かされました。後日、彼らの他の作品があり、購入もできるいくつかのギャラリーにも行ってみたいと思います。そして、あのような空間が街にどんどん増えていったとなれば、とてもワクワクします。ところで、先日、新潟県でのアートフェスティバルに足を運んだんです。個人的には楽しめたのですが、アートをベースにした「町おこし」について、ご意見を頂けませんか?

上坂 はい。アートが東京だけでなく地方へ広がっていくこと自体はもちろん良いことと思いますが、1つ1つの活動の結果については慎重に評価しなければならないとも思っています。例えば、アートフェスティバルで有名になった場所としては、瀬戸内海の直島や、新潟県の越後妻有などがありますが、実はその町の人口は減っているのが現状でして、当初の「町おこし」の目的は何なのかが疑問です。私自身も長野県のある町で、地元の税金を使ってアートフェスティバルを企画した経験があります。イベントとしてはたいへん好評でしたが、冷静に地元の人に言われて分かったのは、地元の関心はたいへん小さかったのです。正直、東京ですら小難しいと言われがちな現代アートですので、地元の方の共感を得る事は簡単ではありませんでした。結局そういう活動を褒め称えているのは東京からの旅行者やメディアであって、それならば地方の税金を使ってやるのは適切ではないのではと感じました。「東川スタイル」という本でも有名な北海道の東川町など、アートが町おこしに大きく貢献した例はありますが、地方のアートフェスティバルのおかげでその町が成長した、文化が変わったという実績作りは難しいと思っています。

ですので、MAGUS(マグアス)は、今までのフェスティバルとは別の発想の活動をしていきます。海外や都会から、アート作品を地方に持っていってのアートフェスティバル開催からは距離を置き、遠回りに見えても地元のアーティストを育てるなどの活動を進めていくつもりです。先にも申し上げた通り、まず地元の投資でアートを見る教育を導入し、ナショナル企業の資金でアートスクールを創設して、地元の人達の理解を得る。そして最終的には、地元の子供達にアートを教えている青年アーティストが世界に飛び立って行くことを目指す。これが本当の意味でアートと地方創生が実現するストーリーの1つだと思っています。

アーティストの世界観を知って、投資をした方が楽しい

加藤:少し視点を変えて、大人向けのアート教育という点はいかがでしょうか。私の個人的な興味と質問でもあるのですが、40歳代の私がアートを学ぶとしたら、何から始めるべきなのでしょうか。

上坂:はい。大人のアート教育として一番大切なのは、「アーティストと実際に話すこと」です。個人が少し勇気を出してギャラリーのオープニングパーティーに出かける、そこでアーティストと会話をすることは、アートを大きく身近にします。一方で、現在のギャラリーは閉鎖的な側面があるのも事実でして、我々が媒体になって、大人がアートを楽しめる場をどんどん提供していきたいと考えています。若いアーティストと老舗デパートの顧客を繋いだり、誰もが気軽に入れるギャラリーをつくったり、初心者向けのギャラリーツアーなども企画したいですね。

加藤さんのようなプロの投資家は、実際に企業経営者と話をして、彼らの経営のビジョンなどに共感するからこそ投資をしますよね。同様に、アーティストと話をして、彼らの世界観を知った上で投資をした方が楽しいし、またそのような対話は、アーティストが次なる作品に情熱を込める源泉にもなるのです。

加藤:アーティストと話す機会こそが、大人のアート教育にとって大切とは。その辺りが、もやもやしていた私にとって、とても良いメッセージをありがとうございます。

お話を聞いていて、御社などがプロデュースした「アートギャラリー」を、不動産資産として皆が投資できる仕組みがあると面白いなと思いました。それは、例えば東京のマンションの一室を保有するなどと比べて、個人的には大変ワクワクする投資です。素晴らしい空間作りの創生に不動産投資家を呼び込むことができれば、街のアートシーンは加速度的に増えていくでしょう。我々WealthParkはDXの力で不動産投資をもっと見える化し、民主化させるプラットフォームを作っているので、将来的に新しいアートギャラリーの創出に向けてお手伝いできることがあれば、ぜひ一緒に推進したいと思いました。

さて、本日は大いに盛り上がってしまい、時間がなくなってきましたが、最後に読者の皆様がアートを楽しむためのアドバイスなどございますか?

上坂:そうですね。最近は、アートを所有するための新しい手段が登場してきています。例えば、アートの小口化所有やレンタルなどですが、これらはアートを所有する入り口として、大変に良いきっかっけになるのかもしれませんが、アーティストと語り、アートを通して文化を考えるという本質が二の次になっています。ですので、読者の皆さんには、まずアート作品を見てほしい。アーティストと語ってほしい。海外に行ったら、その都市のギャラリーに行ってほしいです。自国の若いアーティストにも目を向けて、彼らと対話したり、作品を購入することも検討してみてください。地に足のついたな等身大の姿勢が、アートを楽しむ一つの秘訣になります。

加藤確かに、身近なコミュニティにいるアーティストが、自分の応援とともに育っていくのは、大変に楽しいものに思います。さて、本日はアートについての様々なお話を伺えました。私が一番印象に残ったのは、皆が素直に楽しいとか素敵だとか思えることの大切さです。そういう気持ちに突き動かされた実際の行動が、世の中を動かし、日本を少しずつ素敵にしていくのだと、感じました。私も、楽しさという視点を忘れずに、正しい投資のあり方を広めていきたいと思います。本日は、貴重なお話を頂き、大変ありがとうございました。

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