18歳の学生起業家であり、飛び級で大学留学のために渡米した株式会社ISHIZUEの代表 藤原柏甫(はくほ)さんと、WealthPark研究所 所長の加藤が対談。前編では、藤原さんのこれまでの人生のユニークな選択や起業に至った経緯などをお聞きしました。
株式会社ISHIZUE 代表取締役 藤原柏甫(ふじわら はくほ):小学校は東京中華学校に在籍。進学した函館ラ・サール中学校を1年で退学し、台湾で一人暮らしをしながら現地の中学校に通う。3年生時に青山学院中等部に転入し、そのまま青山学院高等部に進学するが2年生時に中退。友人達と寺子屋ISHIZUEの塾経営とデザイン事業を行う。その後、寺子屋ISHIZUEを法人化し、株式会社ISHIZUEを設立。今年から飛び級でアメリカの大学に留学中。
WealthPark研究所 所長 / 投資のエヴァンジェリスト 加藤航介(かとう こうすけ):「すべての人に投資の新しい扉をひらく」ための研究、啓発のための情報発信を行なう。2021年より現職。
学生起業家、藤原柏甫の人生の選択
加藤:こんにちは。WealthPark研究所の加藤です。今日は学生起業家の藤原柏甫(はくほ)さんをお迎えしています。実は、柏甫さんのお母さんがWealthParkで長く働かれており、そのご縁で我々は友人になったんですが、今回は今までのシリーズの中でもダントツに若い方との対談ということで非常に楽しみにしています。色々と教えてください。
さて、柏甫さんは、高校1年生で起業して、成長と挑戦を続けながらビジネスを軌道に乗せてきたわけですが、どういう環境で育つとそうなるのだろうというのが僕の大きな興味です。
WealthPark自身もスタートアップ企業であり、「起業」というチャレンジへのモチベーション、そこに向き合っている人の考え方は常に勉強したいんです。まず、柏甫さんの会社がどのような事業をやっているのか、読者の皆さんも興味があると思うので、簡単に教えてもらえますか?
藤原:はい。僕らがやっている寺子屋ISHIZUEは、学生が学生に教えるコンセプトのオンラインに特化した私塾です。具体的には、高校生の先生が小学生や中学生の生徒へ、学校では学べないユニークなトピックを題材にして、ディスカッション形式での学びを提供しています。生徒さんからは月謝をいただいて、週一回・月4回参加してもらっています。
加藤:ご紹介ありがとう。僕もお試しで90分の授業に参加させてもらいましたが、普通の小学生や中学生があんなに積極的にディスカッションに参加して、かつ楽しい学びの場を作れるっていうことに心から驚きました。では、ここからは柏甫さん自身のお話をたくさん聞かせてください。
藤原:はい。改めまして、名前は藤原柏甫と言いまして、日本人の父親と台湾人の母親のハーフです。そのため、小学校は東京の市ヶ谷にある台湾系の東京中華学校という学校に通っていて、日本語・中国語・英語で勉強していました。中学からは親元を離れて全寮制の学校を希望して、函館ラサールという学校に進みました。そこは50人以上の大部屋生活で楽しさもあったのですが、プライバシーが守られにくい環境が自分には合わないことに気づいて、2年生からは台湾で一人暮らしにチャレンジしながら、現地の学校に1年ぐらい通いました。
自分1人でどこまで挑戦できるのかに興味があった
加藤:とてもグローバルで、アクティブな学生キャリアですね。その後、台湾から日本に戻ってきたんですよね?
藤原:はい。僕は勉強がとても好きで、良い学習環境がほしかったのですが、台湾の中でその選択肢を得るのは意外に難しかったんです。3年次に青山学院中等部に編入する形で日本に戻ってきて、高等部へ進んだ頃に寺子屋ISHIZUEという塾を、友達と3人で立ち上げました。その後、事業が軌道に乗ってきたのと、より学びたい分野に専念するために高校を退学し、高校卒業認定試験に合格後、アメリカの大学をオンライン課程でスタートしました。
最近18歳になり、アメリカ現地で学ぶために法定代理人を用意する制約がなくなったので、2023年からはシアトルで現地のカレッジに通学します。また、MITのアドミッション・オフィスと話をしていて、将来的にはMITメディアラボか建築学科で学べるように動いています。僕は会社の中では、今はデザインの仕事をメインでやっていて、その分野をもっと学びたいんです。
加藤:すごいな。帰国後もオルタナティブにやってきて、次はアメリカで新しいチャレンジですね(笑)。多くの同年代の人は、普通に学生のレールに乗って頑張っているか、親や学校の先生の意向に大きく影響されていると思いますが、柏甫さんは全く違いますね。 ちなみに、一緒に起業をしたご友人とはどこで知り合ったのですか?
藤原:1人は青学の友人の紹介で、ファミレスのガストで会いました。高校生っぽいですかね(笑)。僕が学校を転々としていたことを面白いと感じてくれて、仲良くなりました。何か一緒にできれば良いねと話をして、僕の中ではヒッチハイクやバスケなどをイメージしていたのですが(笑)、都会的な子というのもあったのか「起業」というワードが出てきました。その友人が、今どきですが、もう一人の友人とTwitterを通じて知り合い、この3人で起業することになったのです。ただ、3人とも大げさに事業を起こすという感覚はなくて、まずは無料で自分たちがやりたいことをやってみるという感じでしたよ。
加藤:へー。僕は学生の時は、学校の外に友達なんてほとんどいなかったし、もちろんTwitterもなかったけど、自分で人生を切り開いている感じがすごいですね。僕には中一の息子がいて「あと数年で自立するんだぞ」なんて伝えていますが、全寮性の学校の選択や台湾での一人暮らしなどは「早く自立したい」という意識でやっていたのかな?
藤原:自立したいというより、自分1人でちゃんと生きられるのか、どこまで挑戦できるのかに興味があったという感じです。あと、結果として学校を転々としているのは「我慢が苦手」という父の性格から影響を受けたところが大きいと思います。ある環境にいることで、自分のやりたいことが「制限を受けている」と考えたら、すぐに次の環境へ移って行きました。また、そういう性格を理解してサポートしてくれた両親の存在も大きかったですね。
加藤:なるほど。我慢することも時には大事ですが、我慢の度が過ぎると自分の心の声をきちんと聞けなくなってしまう。人生を幸せに生きるには、住む国や地域とか、働く業界とか会社とか、パートナーとか、自分が好きなことを知ることはとても大切だと思います。自分が嫌いな枠の中に居続けても報われないことは多いからね。いずれにしても、ご両親とも対話しながら、自分の次の場所を見つけて選択していったという感じですね。
藤原:そうですね。また、自分の好きなことにしっかりと取り組むと、自分だけでなく周りの友人も楽しませられるという感覚があったことも、自分に素直になってチャレンジを続けられた理由です。僕自身も人のユニークな経験は聞いていて楽しいですし、自分が楽しんでいる姿は他人が努力を始めるきっかけになるのではないか、将来的に周囲に意味のあるアドバイスができるのではないかと、そういう想いで色々な選択をしてきました。
集団生活や外国での一人暮らしによって得られた人間としての成長
加藤:なるほど。実は僕も中学1年と2年のとき、柏甫さんと同じく、全寮制の学校に通っていました。そこは、めちゃくちゃスパルタな軍隊のような学校で、自分には全然合わず辞めましたが、今思えばユニークな経験だったので人生の糧にはなっていますかね。ただ、僕の場合は完全に祖父や親の希望で、自分の意思なんてなかったけど、柏甫さんの場合はどうでした?
藤原:僕の場合は、自分から「寮がある学校に行きたい」と親に言いましたね。父と母はとても良い人で好きですが、僕の教育の方針に違いがあって頻繁に喧嘩していました。家の中に自分の居場所がないと感じた程で、小学校4年生から6年生までは家出を繰り返した時期もあります。
加藤:えー、家出とは!家庭内が荒れていた経験は僕もあるけど、家を出たいとか思ったのは高校生以降かな。それまではそんな自信すら一切なかったです。
藤原:小学生の時は、今日はどの友達に泊めてもらおうかといつも考えたりして、家に帰りたくなくて街をうろうろして、警察に声をかけられたこともありました。当時は学習塾にも通っていたのですが、僕の進学希望が第1志望から第6志望までは全部寮の学校で埋まっていて、「こんなの見たことがない、対策ができないよ」と塾の先生達は驚いていました。
加藤:なるほど。多くの人は、学校を偏差値などの客観的な数字の軸で選んでしまうけど、主観的な軸で学校を選んでいたわけですね。そういうの、とても好きです(笑)。
藤原:はい。でも寮生活は1年で辞めてしまいました。いろいろな決まりがあって、僕は守らないから怒られるんですが、「それってそんなに重要か?」と思うことが多くて。例えば、大浴場のシャンプーの置き方が悪いと、呼び出されるとかですね(笑)。また、女子が全くいないという不自然な環境にも違和感がありました。
加藤:それで次は台湾の1人暮らしに進んだと。でも、住み慣れない国で、中学2年生でしょ?大変だったのでは。
藤原:台湾での1人暮らしは、楽しかったし、本当にすごく良い経験でした。もともと中国語は話せたので言葉には困りませんでしたが、1人で掃除、洗濯、料理まで、毎日、自分で効率よく回さなくてはならなくなりました。その経験で、マルチタスクに対する意識が自分の中で当たり前のように根づいて、人間としてとても成長したと思います。
加藤:僕も、親を離れての集団生活と、外国での一人暮らしの経験は、自分をとても成長させてくれたと感じます。あと、ダイバーシティのない環境がちょっと良くないというのは、すごく同意します。米国だと、小学生ぐらいからサマーキャンプで親とは1カ月以上会わない集団生活をしたり、また18歳過ぎたら基本的に親元を離れたりするけれど、自分で人生を切り開いていく意識を養うためには、そういう経験が大切なのかもしれないですね。
藤原:はい。でも、僕の場合は自由にやり過ぎた側面もあるので、金銭とメンタルの両面で両親の負担はかなり大きかったと思います。特に母は泣いていることもよくありました。母は青学から普通にエスカレーターでの進学を望んでいたのですが、僕は辞める意思を固めてしまいました。それにも関わらず、青学の退学を告げて校門を出たとき、母は「これから新しい人生だね」と応援の言葉をくれました。僕自身、もっと数学の勉強に時間を使いたいとか事業にもっと集中したいとかはありましたが、学校を退学する選択に不安はあったので、母に言われた応援の言葉は強く励まされました。
加藤:お母さんは柏甫さんのことを信じていたのだろうね。誰かに信頼してもらえること、これは愛情をもらえることに近いと思うのだけど、それは人生を強く生きてく上で心の拠り所になると思います。自己肯定感の土台がないと、自分の好きな進路を見つけたり、自分の好きな人間と付き合えたりすることは意外に難しい。例えば、お金とか名声とかブランドとか、客観的に測れるものに振り回されてしまう人生に陥りがちだと思います。
さすがに柏甫さんみたいに、18歳の学生起業家っていうのは珍しいんだけどさ、今の時代は学ぶことと働くこと、もしくは複数の仕事を持つことなど、そういう境界線はどんどん消えているよね。働きながら学校にいく人は沢山いるし、会社に勤めながら自営業をやっている人もいる。10代だから学業だけをしなくてはいけないわけではなく、柏甫さんの生き方は、これからの時代を象徴していると感じます。
(後編へ続く)