大切な人に贈るオーダーメイド包丁サービス「HEART KNIFE」を展開する、Steelstyle株式会社 代表取締役の林さんとWealthPark研究所 所長の加藤が対談。後編では、林さんがなぜSteelstyleを創業されたのか、包丁の「意味」を変容させることで人々の豊さと幸せを作っていく事業構想についてお聞きしました。
Steelstyle株式会社 代表取締役 林幸一郎 (はやし こういちろう): 徳島県徳島市出身。金物屋の1人息子として生まれ、幼少期より様々な刃物や大工道具に囲まれながら育つ。大学卒業後は株式会社阿波銀行に入行し、融資・渉外業務に従事。その後、運用型広告を専門に取り扱うアナグラム株式会社に参画。スタートアップから中小企業・大企業まで、数々のプロジェクトに携わる。2017年にSteelstyle株式会社を創業。自身の金物にまつわる体験を通して、ライフスタイルに寄り添う世界一の技術で作られた金物と、日常を彩る新しい体験を世界に伝えるため、日々チャレンジを続けている。
WealthPark研究所 所長 / 投資のエヴァンジェリスト 加藤航介(かとう こうすけ):「すべての人に投資の新しい扉をひらく」ための研究、啓発のための情報発信を行なう。2021年より現職。
子供の頃から身近にあった包丁をイノベーションする
加藤:さて、ここからは林さんご自身についても伺えたらと。林さんが、なぜ包丁市場に飛び込まれて起業されたか、経緯や転換点をお聞かせいただけますか。
林:私がビジネスとして刃物業を選んだ理由は、大きくは3つあります。まず、自分自身が金物屋の息子として生まれたことで、昔から刃物が身近にあったことです。「自分は人生を賭して何のビジネスをしたいか」を考えるとき、エネルギーを注げる対象として刃物の存在が常に頭にありました。
2つ目は、自分がスキルを磨いてきたインターネットの分野で、包丁産業がほぼ未開拓の市場であったことです。私は最初の職場であった銀行を1年ほどで退職し、そこからインターネットの広告代理店やコンサルティングなどを経験しました。Google広告やFacebook広告などの活用、さらにはウェブサイトに集客した先にユーザーとどのようなコミュニケーションを取るかなど、インターネットで培ったスキルによるクライアント様の成功事例を多く生み出せたと自負しています。
3つ目は、日本の包丁産業が持つ潜在的な価値ですね。冒頭で日本の素晴らしい包丁文化についてご紹介しましたが、日本の方々の包丁への興味関心が低いことで、逆にビジネスとしての包丁のポテンシャルを感じていました。歴史や産地などを含めて、日本の方に包丁の魅力をお話しすると、多くの方が大きな驚きとともに、関心を持ってくださるからです。また、海外の方に包丁のビジネスプランを話したとき、押し並べて反応が良かったことも後押しになりました。日本国内の包丁のマーケットは出荷高400億円弱のニッチ市場ですが、本来のあるべき価値が認められれば、そしてグローバルに視点を広げれば、相当に大きなポテシャルがあると感じました。
加藤:なるほど。側から見ると、包丁市場は既に確立されているように思えるのですが、レッドオーシャンに飛び込むような感覚はなかったのでしょうか。
林:いえ、それはまったく(笑)。事業をしていても、今あるマーケットで新しいニーズを開拓している感覚です。包丁産業は歴史が長いので、保守的な意見が多いのは事実です。ただ、そこに他業種では当たり前のマーケティング、特にウェブでの戦略を取り込むことで、血みどろの価格競争ではなく、価格を上げていく好循環を作ることができると思います。顧客視点の思考を持ち、新しい技術やストーリーを持った商品を投下することで、産業自体が活性化することを信じて事業を行っています。
刃物を人に贈るという新しい市場の創造
加藤:HEART KNIFEさんの「ギフトとして包丁を贈る」というビジネスは、これまでにない新しいものですよね。刃物をプレゼントとしてリデザインするという発想はどのように生まれたのでしょうか。
林:実家が金物屋でしたので、私自身が刃物を贈られる機会が非常に多かったことは大きいですね。そうしたときの特別な喜びを通じて、刃物の周辺に興味の領域が広がっていくという体験を、そのまま事業にしています。
加藤:なるほど。私は刃物を人からもらったことはないのですが、どのような機会に贈られたり贈ったりするのですか。
林:私が刃物を初めて贈られたのは、小学校中学年の頃です。実家の金物屋の店頭にあるショーケースに入っていた十徳ナイフを見て、「これ、すごいかっこいいなぁ」と父親に伝えたんです。十徳ナイフとは、釣りやキャンプの時に使われたりする、ナイフや缶切り、栓抜きなどがコンパクトに収まっているアウトドア用品です。それを父から誕生日プレゼントとしてもらったのが、最初の刃物の贈り物でした。
ほしいものが手に入ってとても嬉しかったとともに、「自分の父親にナイフを扱える大人として認められた」ことがさらなる喜びでした。実際、刃物を持つということは、責任のある大人の証です。欧米では、父親が息子にナイフを贈るという風習もあるようです。これには、「お前もこれから一人前になるんだ」というメッセージが込められているんです。
その後、初めての1人暮らしや結婚など、人生の節目にも包丁をもらいました。刃物を贈られた嬉しさは、その場限りではなく、ずっと続きます。誰かの想いが込められた良質な品物を、長く、毎日のように使うことから、包丁は贈り物に向いていると思いました。
加藤:刃物を贈ることが、自立や大人の証というメッセージあるというのは、何だかカッコいいですね。私が子供にナイフを贈る時は相談にのってください(笑)。
今のストーリーを聞いて、包丁を贈り物と再定義することで、刃物自体の単価が上がる可能性を理解できた気がします。刃物を人に贈ると商品の「意味」が変わるということですね。また、人生の節目における贈り物というポイントも共感しました。さて、HEART KNIFEで扱っている包丁のウリを教えていただけますか。
林:はい。まずは、大阪堺の老舗で世界最高峰の包丁職人が集まる青木刃物製作所に、オーダーメードで製造していただいています。「堺孝行」というブランドを展開されており、日本だけでなく世界でも非常に有名な会社です。そして、青木刃物製作所と共に、包丁に贈り手のボイスメッセージを刻み込むという、世界初の仕掛けを作り込んでいます。贈られた側はスマートフォンなどでそのメッセージをいつでも、何年後でも聴くことができます。
また、デジタルの力を利用して、贈る側が包丁の素材や種類などの幅広いラインナップの中から、ストレスなく包丁を選定できるような仕組みを整えています。ほとんどの方は包丁を贈るという行為が初めてになるので、包丁のおもしろさを知り、贈る相手への想いを込められる顧客体験を提供しています。
また贈られた側の誰にとっても使いやすいように、細かなパーツにもこだわっています。例えば、持ち手の柄の部分は八角の形のデザインを採用したり、刃の鋼材は使い勝手のよいステンレス材をすべてのブレードに用いるなど、ユーザーファーストの体験を重視して設計しています。是非体験していただきたいのですが、八つの面がある柄は大変握りやすい形状でして、右利きや左利きを問わず、快適に使えるという特徴があります。一部の包丁専門店を除いて、八角を扱っている店は多くはなく、我々の製品を通じてその快適さを初めて体験していただく方が多いです。
世界一のパートーナー企業との協業
加藤:なるほど。ちなみに日本の刃物業界を代表されるとも言える青木刃物製作所さんと協業されるのは大変ではなかったのでしょうか。
林:はい、そうですね(笑)。青木刃物製作所は、長年お付き合いされている卸売り代理店と取引されていましたので、新参者の私が「贈り物としての包丁をインターネットで消費者に直接売りたい」という企画を持ち込んだときは非常に驚かれていました。
ただ、私のアイディアは青木刃物製作所がいないと成立しませんので、自分が考えていたビジネスモデルを、すべて腹を割ってお話ししました。投資家や様々なステークホルダーとの話の進捗具合についても、できる限りの誠意を持って包み隠さずお伝えしたところ、最終的に「非常に面白いですね」と言っていただき、全面的に協力していただけることになりました。
ただし、刃物に音声を刻むという新しい取り組みも含めて、構想からサービスリリースまでには3年ぐらいかかりました。何度も改善をお願いして、ようやく商品として完成させることができました。粘り強くお付き合いいただいた青木刃物製作所には本当に感謝の言葉もございません。
今でも、本当に多くのことを学ばせていただいておりますが、品質が高い刃物を作ることに対するこだわりと誇り、そして堺の刃物作りの伝統を守リ続けていくという想いを持ちながらも、新しいことを受け入れる柔軟性やチャレンジ精神を持たれている会社です。職人の方の中には、芸術系の大学でアートを学ばれていた方もいらっしゃいます。例えば、包丁に芸術的な彫刻を施したり、お寿司の魚の名前を表面に彫ったり、漆で柄を装飾されるなど、今まで包丁業界になかったイノベーションを起こそうとしているのだろうと解釈しています。
HEART KNIFEのお客様の喜びは、青木刃物製作所の伝統と柔軟性に支えられており、私としても今まで以上に努力していきたいと思います。
加藤:素晴らしいですね。日本に根付づく刃物という伝統を、消費者にとっての意味を変え、デジタルの力を活用することで、付加価値や社会的意義を高め、またグローバルに向けて展開されているのだと理解が深まりました。投資は何も金融や不動産資産に限定されませんし、身近な消費財である包丁に「投資」をすること、贈り物として人間関係に「投資」をすることについて考える機会となりました。貴重なお話をありがとうございました。
林:ありがとうございました。