個人、そして社会全体の豊かさにとって欠かせない、投資。今回は、なかのアセットマネジメント株式会社の代表取締役社長 中野晴啓さんと、WealthPark研究所の加藤が対談しました。中野さんは、個人が投資で社会参加する大切さを15年以上にわたって提言されており、日本における長期投資啓発の第一人者の一人。2023年9月に新たな運用会社として、なかのアセットマネジメントを設立し、2024年4月末より2本の株式投資信託ファンドの運用をスタートさせています。前編では、日本人の投資に対する心理的な阻害要因、株式投資に参加することの意味、今求められる新しい経済構造について、お聞きしました。
中野 晴啓(なかの はるひろ)なかのアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長:セゾングループの金融子会社にて債券ポートフォリオを中心に資金運用業務に従事した後、2006年セゾン投信株式会社を設立。2007年4月に代表取締役社長に就任し、2023年6月に退任。同年9月、なかのアセットマネジメントを設立。全国各地で講演やセミナーを行い、社会を元気にする活動とともに、積み立てによる資産形成を広く説き、「つみたて王子」と呼ばれる。公益社団法人経済同友会幹事他、投資信託協会副会長、金融審議会市場ワーキング・グループ委員等を歴任。『1冊でまるわかり 50歳からの新NISA活用法』(PHPビジネス新書)、『誠実な投資 お金から自由になれる「長期投資」の鉄則』(徳間書店)他、著者多数。
WealthPark研究所 所長 / 投資のエヴァンジェリスト 加藤 航介(かとう こうすけ):「すべての人に投資の新しい扉をひらく」ための研究、啓発のための情報発信を行なう。2021年より現職。
今、日本が目指すべき「市民が社会のオーナーになる社会」
加藤:今回は、株式の投資信託を扱われる、なかのアセットマネジメント株式会社の代表取締役社長である中野さんと対談させていただきます。
まず、簡単に私たちの自己紹介を。WealthPark株式会社は日本の個人不動産オーナーが、日々の資産管理・運用に使っているアプリで首位の企業です。そのシンクタンクであるWealthPark研究所では「すべての人へ、投資の新しい扉をひらく」というメッセージを掲げ、一般の方の投資リテラシーを高めるべく、執筆やセミナーなど様々な活動しています。
インフレにも強い株式と不動産は、共に個人の長期の資産形成の核となるものです。私自身、もともとは株式の投資信託の運用者でしたし、金融分野における投資啓発の第一人者である中野さんにお話を伺うのは大変に楽しみです。
せっかくの機会ですので、今日は本質的な深いテーマをお聞きしたいと思います。「日本人と投資」「パッシブ投資とアクティブ投資」「投資コミュニティの大切さ」などについて、お話させてください。
中野:もちろんです。まずは、現代の日本人がどのように投資に関わっていくべきか、ですね。
現在、我々が目指すべき姿は、半世紀以上前、パナソニックの創業者の松下幸之助氏が「みんなで株主になろう」と唱えられた一億総株主論に近いものだと思っています。この「市民が社会のオーナーになる社会」は、当時の高度経済成長期の真っ只中では先進的すぎて、社会的な理解を得られませんでした。ただ、松下さんは当時から、いずれ終わりがくる高成長期の後の、日本のあるべき社会構造をイメージされていたのだと感じます。
敗戦後の焼け野原から1980年代後半まで、30年以上にわたって復興・発展し続け、世界史上、類を見ないスピードで奇跡の成長を遂げた日本。その頃の日本の生活者にとって、自分のお金に意思を込める投資活動は、個人としても社会としても、必要な行為ではありませんでした。
「一億総中流社会」という言葉のとおり、大きくなっていくGDPを国民全体に等しく分配できる優れた統治機能も構築できていました。つまり、普通に仕事をして生活していれば、皆で一様に豊かになっていけたのです。
「極度の成功体験」が、今の日本人の投資に対する心理的な阻害要因に
中野:発展途上段階にある国において銀行の存在は重要ですが、特に日本の場合、この銀行と政府が国民生活者から資金を集めて産業に融資する、つまり投資をする役割をうまく果たしました。社会全体として貧しく資本不足の中でも、銀行が国益に向けて邁進し、蛮勇を振るって巨額の融資をおこない、産業界は資本を得て、きちんと結果を出しました。そして、その結果の一部は、預金者つまりは国民生活者にリターンとなって銀行から戻ってきました。
加藤:社会の豊かさの維持や発展には、お金の投資という意思が必ず必要です。当時は、その機能を、官僚なり銀行員なりが果たしていたと。個人は、税金や預金の形で彼らにお金を託し、何らかの意思を直接的に込める必要はなかったということですね。
中野:当時の銀行はいわば巨大なベンチャーキャピタルで、国民生活者は経済成長のリターンを、預金金利によって一様に享受できていたので、預金以外の投資の必要性を感じられなかったのも無理はありません。産業界が順調に成長できていたので、同時に給与も平均的に目覚ましく増えていくという、理想の社会主義的国家が実現できていたのです。20世紀の日本はすごい国だったと今でも思います。
一方で、そうした世界でも稀な「極度の成功体験」が今の日本人の投資に対する心理的な阻害要因、マインドブロックの一番の要因になっていると思います。預金がある種の社会正義、そして行動文化として定着したからこそ、産業資本が集まって奇跡の成長を遂げたわけですが、高成長期が終わった後もそれをずっと引きずってしまい、経済は停滞に陥っていきます。
加藤:成熟社会の今こそ、我々一人一人が、松下幸之助氏が唱えた「国民総株主」の意味を考え直すことは大切そうですね。これは欧米の真似をするということではない。日本がさらに豊かになるためのヒントが、彼の思考の中にあるはずです。
「インベストメントチェーン」の原資の中心は、国民生活者
中野:そうなんです。その後、ご存知のとおり、平成に入ると経済成長は落ち込み、銀行を中心とした金融メカニズムは機能不全に陥りました。預金だけが集まって、事業融資ができない。このような社会に投資がされない姿が、すでに30年以上続いています。つまり、高度に成熟した日本のステージに適した、新しい経済構造が求められているということです。
ここで重要なのは、このメカニズム構築の担い手は国民生活者であるということです。金融庁が唱え始めている「インベストメントチェーン」の中心は、間違いなく国民生活者であり、国民の預貯金1,000兆円がその原資です。
日本では、この30年間、社会的にも利息的にも富を産まない預貯金の額が、どんどん積みあがるという不思議な現象が起きています。国民生活者側に預金から投資というパラダイムシフトが起きれば、このお金が動き出し、まったく異なるメカニズムを新たに構築できるでしょう。前職から17年間かけて私が目指しているのは、この新しい金融メカニズム、そして「国民生活者による金融立国」をつくることなのです。
加藤:個人が社会のオーナーになる姿、よくイメージできました。ご存じのとおり、WealthParkはその1,000兆円の多くを保有されている都会と地方の高齢者、そしてその中でも富裕層として大きな存在である不動産オーナー様の不動産資産の管理を、アプリを通じてお手伝いしています。使用者は平均して月に7回ほどログインされ、不動産運営上の様々な指示を出したり、収支の確認をされたりします。そして、不動産オーナー様の不動産経営からの手残り収入は、そのまま預貯金に滞留しておりますので、新しい金融メカニズムをつくるためには、我々が果たすべき責任も大きいと感じています。
株式投資への参加は、社会を自分たちでつくっていくことになる
加藤:国民生活者の預貯金から株式投資への移動というお話がありましたが、国民生活者が株式投資に参加することが、なぜ社会を豊かにしていくと中野さんは考えられますか。
中野:それは、世の中は株式会社の財・サービスでできているからです。今、目の前にあるペットボトルの水、我々が座っている椅子、このオフィスビルまで、つくっているのはすべて会社です。我々の生活は、社会課題の解決を担う会社に支えられています。そうした会社へ、株主として事業活動に参加することが、株式投資なのです。
加藤:国民生活者の家計をみると、ざっくり生活費の4割は消費に、2割は住宅に、4割は税金・社会保険に支払われています。この消費の4割の先には直接的に株式会社が存在しています。そして、住宅支出や税金・社会保険という6割の先にも株式会社が存在している。また、会社とは多くの人が働いて給料をもらう場所でもあります。おっしゃるように、株式会社とは社会そのものですね。
また、株式投資は、小さな駆け出しの企業に直接的にお金を渡すような「応援」と、既に成長した大企業を「モニタリング」するという、二種類の機能を果たしていると思います。株式会社は株主総会での投票、株主の議決権行使で多くのことが決まります。つまり政治と同じく経済も選挙で回っていて、一億人が株式投資に何らかの形で参加していくことは、社会を自分たちでつくっていくことになるんですよね。
中野:その観点でいえば、なかのアセットマネジメントがやりたいことは、資本主義が本来果たすべき「対話」や「投票」という規律を、自分たちができる範囲でよいので、妥協せずに続け、社会の当たり前にしていくことです。
私たちは、投資を通じて、投資先の企業に「もっと社会に愛される会社になってほしい」という意思表示をしていきます。「ここをもっと磨いていけば、もっと素敵になるよ」と。上から目線ではない、このような愛情ある対話が、社会の成長を促す規律になっていくと信じています。
企業を強くして支えていくことは、我々のような投資信託でお金を広く集めている投資家の立場だからできることであり、これは社会的にも大変に重要な役割と思います。なかのアセットが扱う投資信託の役割は、企業とオーナーである生活者をつなぐことです。
そしてその二者をつなぐためには、我々の投資信託の運営をガラス張りにすることが、非常に大切だと思っています。
すべて開示することで、顧客と共に歩んでいくファンドを運営したい
加藤:御社の第一回目の月報を見て驚いたのは、投資先の20社について、名前とその投資理由をすべて開示していたことです。ここまでの全開示は見たことがないかもしれません。「上位何社」と限定的に開示する例は知っていますが、全部さらけ出すとなると何かが失敗したときでも嘘はつけないわけで、大変な面もあるでしょうね。
中野:そうですね。運用会社としては負担になるでしょう。しかし、自分たちの失敗を正直に謝れることは、お金を預かるビジネスでの信頼のベースですよね。「私たちはプロだから絶対に間違えない」という無謬性を訴えているのが今の金融業界であると思っています。だから、顧客に対しても上から目線になりがちで、市民の株式投資もなかなか広まらない。私たちはプロとして一生懸命に仕事をしますが、それでも一定程度は間違えも起こすことを隠さずに開示して、顧客と共に歩んでいくファンドを運営したいと思います。
加藤:私たちWealthParkもなかのアセットマネジメント様と同様にスタートアップ企業ですが、「無謬性の否定」はスタートアップ企業のマインドセットのベースと思います。誰にもわからない、先が見えない世界に挑戦している以上、失敗や間違いは当然です。特にITの技術は日進月歩で変わっていきますしね。
中野:「間違えると隠す」というのが日本のビジネスの悪い習慣です。多くの運用会社が、上位数銘柄しか開示しない理由を「運用ノウハウの流出になってしまうから」と伝えていますが、「ノウハウとは何か」と突き詰めていくと答えられなくなります。
銘柄の選択というノウハウは普通の人にはなかなか真似などできませんので、全面開示しても大丈夫なのです。もし誰かがそのまま真似をしたとしても、それはそれだけ信用を得ているということ。困ることではなく、むしろ喜ばしいことなんです。
我々のファンドは、2024年4月25日にスタートを切りました。担当のファンドマネジャーが選んだ最初のポートフォリオの銘柄を見て、私も知らない会社がいくつかありましたが、現場のチームはそれだけこだわりを持って集めてきたということです。そして、今後もいくつかの間違いは出てくるでしょうが、全面開示は続けていきます。
加藤:「間違いを過度に恐れる」という風潮は、日本人の投資に対するマインドブロックに通じるかもしれませんね。日本の製造業では、歩留まりや在庫管理など、完璧を目指してきたと思います。高度成長期に、製造業中心の社会の歯車を皆で動かすという意味では正しかったのでしょう。しかし、間違えてもいいからチャレンジする、失敗から学ぶといった姿勢が大切な時代になってきているように思います。
(後編へ続く)