中・高・大学生を対象にした金融・経済学習コンテスト、日経STOCKリーグ。この度、渋谷教育学園渋谷中学高等学校(渋渋)の高校2年生のチーム「tam tam」が、991校が挑戦した高校部門の実質2位となる敢闘賞を受賞しました。
渋渋は、WealthPark研究所が投資教育を受け持ち、オリジナルのワークショップを定期開催しているパートナー校。「tam tam」の3人は、日経STOCKリーグに応募した初期の段階で、WealthPark研究所にも相談に訪れてくれました。それから半年かけて、「つながり」という抽象度の高いテーマを選び、独創性に溢れたポートフォリオを構築。彼らの精緻なレポートから見えてくるのは、投資と社会の密接な関わりでした。今回の一連のプロセスや、その裏側にある彼らの想いを、WealthPark研究所 所長の加藤がインタビューしました。
スクリーニングで悩まされた定量と定性の間
加藤:続いて、会社の絞り込みについて聞かせてください。今回は定量と定性という2つの軸によって、2,000社以上の企業をスクリーニングしたということですが、ここでも色々な気づきがあったのではないでしょうか。
柳澤:スクリーニングの過程で自分が好きになった企業が1点差で落ちたりすると、評価軸を変えたくなったり、思い入れがあるとシビアになれないジレンマを感じました。実際、第3次スクリーニングでは、トライ&エラーで定量評価の指標を3回つくり直したんです。
加藤:はじめに公平と考えたモデルに則ってスクリーニングしても、その結果を見ると考え込んでしまうし、受け入れ難いことがある。またスクリーニングは定量に頼らざるを得ないのだけど、本来は定量で測れないことを定量に変えていく試みの限界も感じたのではないでしょうか。
柳澤:それはかなり痛感しました(笑)。B Corpや GSGといった既存の指標を使っても、社会のインパクトという多面的なものを測る上で、判断に主観が入ってしまうんです。結局のところ定性的になってしまって、根拠として弱くなってしまうのではないかと悩みました。SIIF(一般財団法人社会変革推進財団)の方とお話しさせていただいた際も、そこはインパクト投資のプロの方も模索しているところだと伺い、指標をつくる難しさを感じました。
谷田:そもそも私たちがやろうとしているスクリーニングが世の中に求められているものなのか、疑問に思えてきてしまった局面もありました。3人で議論するうちに「スクリーニングしたくないな」「やらなくてもいいのではないか」という意見にもなったんです。極論を言えば、今回の取り組みを通じて私たちと深いつながりができた企業へ投資することが、本当の投資なのではないかと。
一方で、何千社とある企業の中で、私たちが出会える企業はごくわずかです。そこだけから選んでいくのも違うのかなと思いました。そこで、今回はある意味でお題にチャレンジする形で、最終銘柄の2割は完全なるストックピックを行いました。
スクリーニングという過程から学んでほしいという大会の趣旨も理解できましたし、結果的には自分たちの考えだけで突っ走らずに、スクリーニングとストックピックを実践・比較できたことは価値がありました。これにより、自分たちなりのバランスを見つけられたのかなと思います。
それぞれの価値観を指標に織り込みながらつくりあげた、3人の投資哲学
加藤:あえて定性的なものを定量的にすることの意義は感じられましたか。
谷田:判断の根拠が明確になるという意義はあるのではないでしょうか。投資をするというのは、お互いにウィンウィンになる結果を望んで、自分の財産の一部を投資先に預けること。たとえば、今回作成したような企業を点数化したスプレッドシートがあると、なぜこの企業に投資すべきかを他者にも説明しやすいですし、企業が一時的に業績不振に陥って自分の過去の判断が揺らいだときの支えにもなってくれると思います。
加藤:スクリーニング自体を疑問視しながらも、その利点にも気づいたんだね。本来は定量化できないことに、定量的指標で向き合うことはいい経験でしたね。定量基準があっても結局は人次第という限界もある。そして、実際の経済活動をしている企業を定量で判断することは、本当に難しい。ただ、客観的に考えようとすることで、複数人で議論する過程には大きな意味があります。
柳澤:確かに、議論のなかで3人の基準がまったく合わないこともありました。同じゴールを目指しているはずが、大事だと思っているポイントが違うことに気づき、指標を一緒につくることで「つながり」という漠然としたテーマの解像度が上がっていきました。大変でしたが、このプロセスがなければ、それぞれが「いいよね」と感じた企業が集まっただけのポートフォリオになったと思います。
加藤:自分たちが重要視することを定量指標を鏡に議論して、3人の投資哲学をつくりあげていったというところかな。
森木:試行錯誤の中で、僕らの考えや想いが投資哲学に流れ込んでいったと思います。一つひとつの企業にそれぞれの事情や歴史があり、なるべく表面的な定量評価だけに頼らないことは意識していました。日経STOCKリーグの過去作の大半は現代ポートフォリオ理論からのアプローチが中心でしたが、実は今年の大賞を受賞した学校でもストックピックを行っていました。おこがましいですが、これからの潮流になったらうれしいです。
運用成績にかかわらず、自分たちの投資哲学を貫けるか
加藤:選別した20銘柄のポートフォリオの運用結果についてはどうでしたか。
柳澤:すべて日経平均を下回るという、絶望的な結果になってしまって驚きました(笑)。計測の時期がコロナ禍のタイミングだったので、オフラインの人のつながりが弱い時期でもありましたが、やはりこの業界で利益を出していくことの難しさを感じました。
加藤:パフォーマンスを切り取る時間のタイミングによるところもありますが、ある業界が「儲からない」ということこそが社会課題というか、上場株式会社だけでは無縁社会を解決できないという仮説を立てられるかもしれません。
また、コンテストの主催者側も十分に理解されていると思いますが、3年などの短い期間では企業の社会的な成果などは測れないんですよね。
柳澤:今回はあくまでもシミュレーションで、実際には投資していません。ただ、もし本当に自分や人のお金に対して責任が生じる場合、この結果を見たらせっかくつくりあげたポートフォリオを変えてしまうかもしれません。でも、そうなると社会へのインパクトは弱くなります。自分たちの投資哲学を貫くことの難しさを痛感しました。
加藤:それはいい気づきだね。投資の歴史が長い欧州や米国の投資家が、お金の預け先であるプロを選別する基準は、短期的なお金の増減ではなく、その運用会社が掲げる哲学を貫いているかなんです。今回は芳しくない運用成績だったけれども、社会への長期的なインパクトを信じて、自分たちの哲学を貫けるかどうか。そうした葛藤を含めて、貴重な経験をされたと思います。
投資を手段として捉えると、投資による個人と社会のつながりが見える
加藤:最後に、日経STOCKリーグに挑戦してみて、感じたことや伝えたいことを教えてください。
柳澤:今の世の中は経済的に価値のあるものが中心で、無駄だと思われるものは排除される傾向にあります。株式投資においては株主へのリターンが前提になっているので、儲かりにくい「ケア」の企業は、優先される投資対象ではないかもしれません。ただ、今回調べてみてわかったのは、非常に魅力的な事業を展開していて、応援されるべき企業がたくさんあるということ。社会のために活動している企業がもっと世の中に広まってほしいと思いました。
指導教員の真仁田先生と
森木:僕が感じたことはとてもシンプルで、世の中にはいろんな会社があるということです。「シェア」や「ケア」というテーマで事業を展開されている企業をネットで調べて、アポイントを取ってインタビューしていく中で、こんなにおもしろいことをやっている企業があるんだと実感しました。日常生活ではいわゆる大企業の商品やCMを目にすることが多いですが、スタートアップや中小企業の中でも新しいモノやサービスを生み出したり、社会課題を解決したりしている企業がたくさんあります。
今回の日経STOCKリーグでは日本企業のみが対象となっていましたが、自分たちの理念と近いことを実現してくれている日本企業を見つける喜びがありました。今まで日本企業の一部分しか見ていなかったんだと痛感しましたし、これからは共感できる企業にもっと注目していきたいと心から思いました。
谷田:今回、投資先をテーマから決めていったことで、投資を目的化しすぎない大切さを感じることができました。投資が目的化してしまうと、お金が儲かったかどうかに重きが置かれ、それ以上のことが見えてこないように思います。今回のようにテーマを決めてから投資先を考えてみると、投資はテーマ達成のための手段と考えられるし、社会という視点が入るようになります。おかげで投資による社会へのインパクトの視点を学ぶことができました。
加藤:今回、3人から話を聞けて、受賞に値する努力があったことを改めて感じました。社会課題を解決しようとしている会社が本当にたくさんあること、でも株式会社だけでは課題解決に限界があるかもしれないということ、投資の大切さはお金の増減だけではないこと。いやー、僕が高校生の時なんて、そんな事、まったくわかってなかったよ。皆のレポートと今日の話を通じて、僕自身がいろいろなことを学ばせてもらいました。ありがとう!