ワイン関連の事業を展開するキーソリューションズ株式会社 代表取締役のタンロンアン・マチューさんとWealthPark研究所所長の加藤が対談。前編では、マチューさんの故郷ブルゴーニュ地方のお話を伺うとともに、マチューさんが日本のワイン市場に触れる中で生まれた新しいワインビジネス「ノムリエ」についてお聞きしました。
キーソリューションズ株式会社 代表取締役 タンロンアン・マチュー(TAN LUONG ANN MATHIEU): フランスのブルゴーニュ地方出身。ブルゴーニュ大学を優等学位で卒業後、フランスの大手銀行であるソシエテ・ジェネラルに入社し、来日。以降、日本で居住を構える。マルカイコーポレーションでワインアドバイザーを務めた後、世界最大のラグジュアリメーカーであるLVMHモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン社、世界最大のビールメーカーであるアンハイザー・ブッシュ・インベブ社、LOUIS XIIIを扱うレミー・コアントロー社において、各社主要製品のブランディングや顧客向けアドバイザー、トップマネージメントなどを歴任。2021年からは、かねてから法人化していた自らの事業に集中。米国最大のワイナリーグループであるジャクソン・ファミリー・ワインの日本大使に就任、独立系資産アドバイザー(IFA)のASSETBANKへも参画。自身も1万本以上のファインワインや複数のワイン畑を保有し、世界各国のワイナリーへの豊富なネットワークを活かしながら、ワインの伝道師として活躍している。
WealthPark研究所 所長 / 投資のエヴァンジェリスト 加藤航介(かとう こうすけ):「すべての人に投資の新しい扉をひらく」ための研究、啓発のための情報発信を行なう。2021年より現職。
ブルゴーニュで生まれ育ち、来日。ワインを通じて日本に貢献することを決意するまで
加藤: 本日は、世界を代表する酒類企業でキャリアを積まれ、新しいワインの楽しみ方を提案するビジネスとして「ノムリエ」を展開されているマチューさんをお迎えし、社会や人へ豊かさと幸せを届けるワインの魅力についてお話ししたいと思います。また、マチューさんは複数のワイナリーに投資をされ、1万本以上のワインコレクターでもありますので、「投資資産としてのワイン」についてもお話できたらと。まずは、マチューさんのご経歴をご紹介いただけますか。
マチュー:私が生まれ育ったのは、ワインの銘醸地として知られるフランスのブルゴーニュ地方です。私の父は建築家としてワインセラー(貯蔵室)の設計も請け負っており、子供の頃からワインは身近な存在でした。ぶどうの収穫時期には学校も休みになり、子供も収穫を手伝うなど、まさにワインが暮らしに根ざしていた地域でしたね。
大学までブルゴーニュで過ごした後、新卒でフランスの大手銀行であるソシエテ・ジェネラルに入社しました。初めの勤務地は自分で選ぶことができるのですが、私は国内外の数ある支社の中から、当時は言葉も話せなかった日本を選びました。それは、日本が私の理解が及ばない不思議な国であったからです。日本は天然資源に恵まれておらず、地震や津波といった自然災害も多いのに、敗戦後約20年で世界第2位の経済力を誇っているのが、当時の私にはたまらなく不思議でした。高校で社会の授業を受けていた時から、いつか自分の目で見てみたいと思っていた国の一つでした。
来日して1年後にはフランスへの帰国の指示が出たのですが、まだまだ日本への理解を深めたく、銀行を退職して日本に残ることにしました。そして、一人の外国人として日本社会への貢献を真剣に考えた結果、自分のアイデンティティとも言えるワインに関わる形で身を立てていこうと決意しました。
世界を代表する酒類企業でキャリアを積みながら、自身のビジネスアイデアも形に
加藤: ブルゴーニュのお話、とても面白いですね。また、20代前半の若かりし頃に、ご自身の興味と社会貢献の視点から仕事を決められたのですね。私の若い頃は、もっと子供っぽかったと思います(笑)。
マチュー:私は当時22歳で既に3,000本以上のワインを所有するほどのワインオタクだったんです(笑)。そのためワインのテイスティングにもそれなりの自信はありましたが、異国である日本で仕事をすることには、初めはとても苦労をしました。ブルゴーニュの人間には、自分達のワインが一番だというプライドがあり、私自身もほぼブルゴーニュワインしか飲んだことがありませんでした。一方、日本は海外から様々なタイプのワインが入ってくる国ですので、私は日本で初めてアメリカやニュージーランド、オーストラリアのワインを飲み、世界のワインの多様性に感激すると同時に、自分の視野と経験値が圧倒的に足りていないことを痛感しました。また、日本市場の流通ルートや商慣習は他国に比べて独特かつ複雑で、学ばなければならないことも多く、全世界のワインを取り扱う日本のインポーターでバイヤーとして4年ほど修行をしました。
その後、LVMHモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン社からお誘いいただき、ドンペリニョンのアンバサダーとして、一般消費者を対象とした直販プラットフォームの構築に携わりました。その後は、世界の最大のビールメーカーであるアンハイザー・ブッシュ・インベブ社の日本法人の立ち上げに関わった後、世界一の熟成期間を誇るコニャック「LOUIS XIII(ルイ13世)」を扱う、レミー・コアントロー社に転職しました。その期間で得た経験と人脈は、現在の私の土台となっていますね。
2021年3月末にレミー・コアントロー社を退職し、今は、自分の会社であるキーソリューションズで、飲食店向けの全く新しいワイン卸販売ビジネスである「ノムリエ」を展開しています。また、アメリカのジャクソン・ファミリー・ワインの日本代表、独立系資産アドバイザー(IFA)であるASSETBANKのワイン投資アドバイザーも務めています。
加藤: 日本に残られた後も、道なき道を切り開かれてきたのですね。人生とは、自分自身への投資と選択の連続だと思いますが、それはまさにマチューさんのような生き方を指すのだと思います。
日本の市場構造が複雑というお話がありましたが、確かに日本には無意識の排他性が様々見られると考えており、それは日本の成長を阻害している要因の一つだと思います。マチューさんのように特別なパワーのある方であれば活躍できるのでしょうが、世界中から事業投資や人的投資を呼び込み日本を豊かにするためには、大変もったいないことだなとも思いました。
個人的な趣味からスタートした新しいワインビジネス、「ノムリエ」
加藤: さて、マチューさんの現在の事業である「ノムリエ」ですが、その斬新なビジネスモデルを伺った際、私自身も相当にワクワクしたことを覚えています。その事業を思い立った起源も踏まえて、ご紹介いただけないでしょうか。
マチュー: はい。 私が展開している「ノムリエ」は、レストランへのワインの持ち込みを手軽にし、店と顧客の双方に利益をもたらす新しいプラットフォームです。「ノムリエ」の提携レストランへ予約日の1〜2日前にワインが手配されますので、良質なワインを小売価格と数千円の抜栓料のみで楽しめる、新しい選択肢を提供しています。
レストランでワインを飲むと小売価格の3倍程度の値段を払うのですが、その付加価値とはなんでしょうか?それは、ソムリエが、シチュエーションや料理、お客様の好みを踏まえて、飲み頃まで熟成されたワインの中からベストなものを選定してサーブするといったものですよね。当然、価格に見合った価値が提供されていなければ、顧客は店から離れていきます。一方で、ワインの品揃えからサーブまでのすべてをレストラン側で責任を持ち、サービスを維持していくのは簡単なことではありません。
私は、オーナーが知り合いのよく行くレストランに、自分で選んだワインを持ち込ませてもらっていたのですが、そのうちに同席した友人・知人からリクエストがあり、自分がワインを持ち込んでいるレストランのリストを共有するようになりました。そして、お世話になっている、ある上場企業の会長さんからは、「このレストランに、いついつに、ワインを送ってくれ」といった連絡を毎日のようにいただくようになりました。更に、その会長を通じて他のエグゼクティブクラスの方からもリクエストが来るようになりました。それならば誰もが使えるプラットフォームがあれば良いと思い、「ノムリエ」をスタートさせたのです。
今はコロナ禍でレストランも経済的に影響を受け、ソムリエを雇用できない、あるいは十分な種類のワインを在庫として抱えられない店が多くあるのが現状です。一昔前は抜栓料でのワインの持ち込みは一般的ではありませんでしたが、レストランは自分達の付加価値を再考し、顧客に新しい選択肢を提供したいと思うようになってきました。現在の「ノムリエ」の提携レストランは高級レストラン中心に100店舗ありますが、実は、声をかけて断られたレストランは1店舗しかありません。むしろ、コロナ禍であっても特に集客に困っていない有名店こそ、お客様によりよい選択肢とサービスを提供したいと考えているように感じています。
加藤: なるほど。過去からの当たり前を顧客視点で見直していく取り組みなのですね。今後、「ノムリエ」が何を目指していくのか、もう少し教えていただけますか?
マチュー: はい。まずは、普段は行かない客単価数万円のような高級店で、特別な日などに、良質なワインと料理を楽しめる機会を提供したいです。さらにその先には、よりカジュアルな焼鳥屋やビストロでも、より安い抜栓料で高品質のワインが飲めるように広げていきたいですね。若い世代でも気軽にファインワインを体験できる環境を「ノムリエ」を通じてつくっていきたいと考えています。
結局は、友人やビジネスパートナーともっとリラックスしてワインを楽しめる環境をつくりたいんです。コロナの影響によって、人と人が直接会う楽しさや大切さも、改めて見直されていると思いますので。
加藤: 「ノムリエ」にはマチューさん個人の思いが込められていますね。消費者とワイン関係者とレストランのそれぞれにとって「三方よし」な仕組みをビジネスモデルとして発想され実現されていることは、本当に素晴らしいと思います。
自分のミッションは、生まれ育った土地の文化やライフスタイルを日本に共有していくこと
加藤: 私は2000年代の半ばにイギリスに住んでいたのですが、仕事と趣味の両方で、欧州の酒類企業を多く訪れました。ヨーロッパの人々は飲食に対する文化的な意識がとても高く、酒類企業はそのような社会を支えていると感じましたが、マチューさんから見た日本のお酒の文化はどのように映っているのか、とても興味があります。日本は海外から輸入したモノや文化をローカライズさせるのは上手ですが、日本のワインの楽しみ方はヨーロッパのそれとは、どのように異なるのでしょうか。
マチュー: 今から15年前の話ですが、来日した頃は、失礼ながら、日本人はフランス人が大切にしている「人生の楽しみ方」に目が開いていないのではと感じたことがありました。そして、ワインを仕事にすると決めたときから、単にワインを販売するのではなく、ワインを通じて人生の楽しみ方を提供し、広めたいと思いました。
例えば、フランス人は、お酒は人とつながり、人生を豊かにするためのものと考えています。日本人のお客様からも「知人のお祝いにワインを選んでほしい」と頼まれることも多いのですが、そうしたタイミングは人間関係を豊かにする絶好の機会だと思います。その方のパーソナリティや生まれ年などの情報をできる限り入手して、ストーリーを演出する工夫ができれば、同じ予算でも心に残るようなワインが贈れ、相手を楽しませることができるのです。ワインには人をつなげる力があり、ワインをきっかけにビジネスが生まれたり、結婚までされたりする場面をたくさん見てきました。このように、私はワインを通じた「人生の楽しみ方」をお手伝いしたいと考えます。
加藤: なるほど。ただただ働き、モノや金銭的価値だけに注目していては、本当の豊かさを得ることはできません。知らない者同士がつながり、何かが生み出されることはいつの時代でも大切ですよね。
お話を聞いていて、日本人のライフスタイルにワインを通じてアプローチされるマチューさんのビジネスは、WealthParkのビジネスにも通じると感じています。WealthParkは直訳すると「富の公園」ですが、「富」とは人生や社会における物質的かつ精神的な豊かさであると考えています。我々は、そのような公園、つまりプラットフォームを通じて、個人の大切にしたい価値観や衣食住のライフスタイルを見つめ、自分の人生とどう向き合っていくかを考えながら、仕事や投資での資産形成を一人一人が考えられる土台作りを目指しています。
日本では昨今、老後には2,000万円の準備が必要という問題が取り沙汰されましたが、投資に対する様々なインフラが整っている現在、きちんとした知識さえあれば、それはむやみに恐れるものではありません。将来を不安に振り回されるのではなく、自身の価値観に向き合い、人生を選択していくことが大切です。心の安定と選択の自由は多様性を生み出し、人生や社会を豊かにできるからです。マチューさんの今までの人生の選択や、人々をつなぐという「ノムリエ」の事業のお話を通じて、我々がすべきことに対しても改めて認識が深まりました。
(後編へ続く)
今回の対談会場:トスカーナ料理とワインのお店「トスカネリア(toscaneria)」
今回対談にご協力いただいたのは、美食の都フィレンツェ トスカーナ地方の名物料理が味わえるレストラン「トスカネリア(toscaneria)」。
恵比寿駅西口ロータリーより徒歩5分にあります。
ぜひおいしいトスカーナ料理と、こだわりのワインのペアリングをお楽しみください。