日本の経済成長の牽引役として期待が高まっている、インバウンド産業。今回は、インバウンド旅行者向けのITサービスを提供され、昨今は富裕層向けツアーを開発・提供する株式会社Japanticketの宮崎有生さんと、WealthPark研究所の加藤が対談しました。前編では、日本の観光産業の「これまで」と「これから」、今後の鍵となる高付加価値旅行、インバウンド産業がもたらす長期的な経済波及効果についてお聞きしました。
株式会社Japanticket 事業開発兼インバウンドDX推進担当執行役員 宮崎 有生(みやざき ゆうき):慶應義塾大学法学部卒業。シカゴ大学経営学修士(MBA) 修了。米系投資銀行や企業再生・経営コンサルティングでの投資先事業会社運営等を経て、訪日観光客をターゲットにしたトラベルテックのVoyagin/楽天グループで事業開発/経営/PMIに従事。大学院卒業後の2022年8月から株式会社Japanticketの事業開発担当役員としてインバウンド富裕層向け事業「Japan ticket PRESTIGE」の立ち上げをリード。テクノロジーを通じて、魅力的な地域をシームレスに繋ぎ、一生に一度の特別な体験提供を目指している。学生時代は10年間体育会でラグビーに没頭。
WealthPark研究所 所長 / 投資のエヴァンジェリスト 加藤 航介(かとう こうすけ):「すべての人に投資の新しい扉をひらく」ための研究、啓発のための情報発信を行なう。2021年より現職。
観光業は日本経済を支える基幹産業になる
加藤:今回は、インバウンド旅行者向けのITサービスを提供され、昨今は富裕層向けツアーを開発・提供する株式会社Japanticketの宮崎有生さんと対談させていただきます。
Japanticketさんの日本の観光資産を世界の方々に届けるプラットフォーム事業は、クロスボーダーの不動産投資を扱うWealthParkの事業と近しく、その理念や事業展開には多くを学ばせてもらっております。本日は、日本や世界の観光業についてお聞きしながら、人や資産のクロスボーダーの移動が進む先の未来についてお話できたらと思います。
さて、ここ数年はコロナの影響がありましたが、インバウンド旅行は日本では大きな注目を集める産業になってきています。街でも外国人旅行客をよく見かけ、レストランでも外国語のメニューが普通に置かれているなど、様々な場面でインバウンド旅行の波を感じます。統計を見ても、10年ぐらい前まで年間500万人程度であった訪日外国人旅行者数は、コロナ以前の2019年では3,000万人まで増加しています。まず、宮崎さんからこの新たな産業の全体像について教えていただけないでしょうか。
宮崎:おっしゃるように、インバウンド旅行産業は安倍政権発足以来の約10年間、官民双方の力で大きく成長してきました。コロナ以前の2019年の年間訪日外国人旅行者数は約3,200万人、その合計消費額は約5兆円にのぼります。2019年の日本の自動車産業の輸出額は12兆円ですので、かなりの規模に育ってきていますね。
2030年の政府目標では、旅行者数を6000万人まで増やし、1人当たりの消費額を2019年の約15万円から25万円まで高めることで、産業規模は15兆円を見込んでいます。
世界の観光大国では、旅行産業のGDP比は5%
加藤:なるほど。すでに5兆円という規模があるのですね。過去10年で大きな転機になったできごとは何だったのですか。
宮崎:遡って2000年代から「ビジット・ジャパン・キャンペーン」のような訪日観光促進に向けた取組みは開始されてはいましたが、2012年までは旅行者数が1,000万人未満の低空飛行の状態が続いていました。転機となったのは、やはり2015年の中国からの旅行ビザの緩和です。緩和後、2015年〜2019年にかけて旅行者数が一気に増えてきました。
ただし、国際的な比較でいえば、まだまだ伸び代があります。2019年のフランスやスペインといった観光大国のインバウンド旅行者数は7,000〜8,000万人、アジアではタイが4,000万人です。GDPと比較した産業規模で見ても、日本の場合、2019年は0.9%、2030年の目標値は2.5%にとどまっています。それに対して、上記のような国々はすでに4〜5%の水準に達しているのです。
加藤:なるほど。日本の観光資源やコンテンツの魅力を考えると、GDPの4〜5%規模、そしてさらに上を目指したいですね。
宮崎:おっしゃるとおりですね。長期的にグローバル水準とのギャップを埋めることは可能と思いますし、それに向き合っていかなければならないと考えます。
今後において大切なのは、旅行者一人当たりの単価を上げていく視点です。京都などの主要観光地ではコロナ禍前から旅行者数が多すぎる「オーバーツーリズム問題」が出ておりますし、客数より単価を重視していく、つまり海外富裕層に向けた「高付加価値旅行」の提案が重要になると考えています。
そして、「裾野が広い」と言われる観光産業において、飲食、ホテル・旅館、モビリティ(移動)、観光施設といった事業者が一緒になって取り組むことが、高付加価値旅行の提供の鍵となるでしょう。
日本の旅行業界は生産性向上・収益性向上が喫緊の課題になっているところ、働き手の待遇面の満足度が低く離職率が高いことから、慢性的な人手不足に陥っています。旅行単価を引き上げていき地域・事業者の収益性を上げることで、そうした業界の雇用面の課題も解決していけると考えます。
様々な事業者の取りまとめや働き手の待遇まで含めて、海外富裕層に真剣に向き合おうと真正面から取り組んでいる事業者は、日本ではまだ数える程しか存在していないと考えています。今、我々が取り組んでいるのは、旅行産業を再構築し、持続的・安定的に高付加価値な体験サービスを提供することなのです。
日本独自の魅力的なコンテンツを「シームレスな移動体験」でつなぐ
加藤:世界レベルの観光大国を目指すには、高付加価値旅行の提供が欠かせないということですよね。宮崎さんのチームではインバウンド富裕層向けの旅行パッケージを立ち上げられたということですが、価格帯や滞在期間、どのような体験を用意されているのか、是非教えてください。
宮崎:そうしましたら、まずは一つの事例として、先日富山で実施した食をテーマにした「プレミアムガストロノミーツアー」の動画を見ていただきましょうか。酒蔵の非公開の場所を酒蔵の代表と一緒に巡ったり、ミシュランシェフを囲むプライペートダイニングを楽しんだりと、日本での特別な食体験を堪能していただけるだけでなく、本田技研工業のビジネスジェット「HondaJet(ホンダジェット)」を活用し、日本国内でのシームレスな移動を実現しています。県とも連携することで、富山県立美術館の夜間貸切ツアーも実現しました。
加藤:これはすごい。日本固有の魅力が詰まった、今までにない魅力的なツアーに思います。ちなみに、このツアーはどのような顧客層をターゲットにされているのでしょうか。
宮崎:政府は日本滞在中に一人当たり100万円以上消費する層を「富裕層旅行者」と定義しています。我々は本定義をさらに3つのカテゴリーに細分化しています。このツアーのターゲットは、部分的かつ柔軟なテーラーメイドを望んでいる顧客、我々の分類では、1週間の一人当たりの消費額が300〜500万円の「ティア1(第1層)=資産家層」、100〜200万円の「ティア 2(第2層)=キャッシュリッチ層」となります。ビリオネア、ハリウッド俳優、中東の王族などの最上位の「ティア 0(第0層)」は、完全なるテーラーメイドの旅を望む傾向が強く、このツアーのメインの客層とは考えていません。
滞在日数はミニマムで2泊3日から、長ければ1週間、コンテンツを充実させてさらに長期間滞在していただく企画も考えています。見ていただいた動画は「食」がテーマですが、食以外のコンテンツにも力を入れていきます。地域のターゲットとしては、中国、台湾、香港、シンガポールといったアジアのお客様への紹介を先行させ、その後に欧米市場へ広げていく予定です。
加藤:先ほどの動画で改めて感じましたが、日本という国は世界の人々を驚かせ、満足させうるコンテンツに溢れていますね。そして、シームレスな移動が富裕層の方には大切だと。
宮崎:はい。日本における観光の大きな課題の一つは、主要空港に着いてから旅行コンテンツに向かうまでの「二次交通」なんです。食・自然・文化といった価値の高い体験材料は日本全国に存在するので、そこまでのアクセスをどこまで高い質感で統一して整えられるかが、世界の富裕層を呼び込めるかにとって決定的に重要と考えます。我々のツアーでは、HondaJetを軸に都市から現地までの移動をシームレスにつなげ、高級感・安心感を提供することに取り組んでいます。
そして、二次交通は最短距離・最短時間で移動することだけが正解ではなく、たとえば、瀬戸内海をラグジュアリーなヨットでゆっくり移動するような体験もよいでしょう。大事なのはプライベートかつ高い質感を保つことであり、飛行機、ヘリコプター、ヨット、車など様々な選択肢を組み合わせていきます。
官民連携で進める「空の民主化」
加藤:二次交通の「プライベート」かつ「高い質感」の二つがキーワードなのですね。
宮崎:さらには、この「プライベートかつ高い質感」を、旅の始まりから終わりまで継ぎ目なく維持することが肝要です。たとえば、映画で見るようなプライベートジェット機の横にハイヤーを乗りつけるなどの動線ですね。ただし、現在の日本の地方空港において前例が乏しいため、個別具体的に各空港と協議しながら一つずつ解決していかなければなりません。
以前は、プライベートジェットが着陸した後に、一般のお客さまがいらっしゃる空港のターミナルビルに寄るという動線が必要だったのですが、「せっかくのプライベートジェットの旅行なのに、人混みに寄るのは止めてほしい」というフィードバックがありました。
見ていただいた富山ツアーでは、着陸したHondaJetに横づけしたハイヤーに乗っていただいて、先導車に導かれながら空港の裏門から出ていくという特別動線を初めて実現することができました。これにより、ターミナルビルには寄らずに、最初から最後まで「プライベートかつ高い質感」を保つことが可能となっています。機体を降りてから10分後には市内をハイヤーで移動している世界観です。
加藤:日本でのプライベートジェットはマイナーな移動手段ですし、地方空港などを一つずつ開拓していかなくてはならないのですね。二次交通についてのボトルネックを理解しました。
宮崎:富裕層向けの質の高い移動を実現するには、行政の理解と説得が不可欠です。このケースでは、富山県知事が空港の利用体制を整備する意思を示してくださったことで実現が後押しされました。同様に、長崎の五島つばき空港、和歌山の南紀白浜空港、鹿児島の鹿児島空港、北海道の丘珠空港などでも、自治体の協力から特別動線が得られることになりました。24時間体制の羽田空港においても、ビジネスジェットの枠を確保して特別動線で対応できるかの検討が進んでいます。我々は「空の民主化」と言っていますが、国賓や王族レベルに限られていたプライベートジェットでの移動や空港での特別対応を民間の旅行ビジネスにも展開できるように開拓を進めていきます。
加藤:なるほど。これから官民連携で整えていくインフラを、日本の魅力的なコンテンツと掛け合わせていくことが、観光立国を作り上げる道筋となるのですね。
インバウンド旅行がもたらす長期的な経済波及効果
加藤:旅行をするということは、その土地の自然、文化、食、スポーツなどの多様なコンテンツを体験するプロセスであると思います。インバウンド旅行での体験から日本を知ってもらい、好きになってもらうことは、日本のソフトパワーを高める最初のステップになるのではないでしょうか。海外に日本のファンが増えるということは、長期的に、そのときに消費される金額の何倍の価値をもたらすと思います。
たとえば、日本を初めて訪れた20歳の若者が日本に魅力を感じてくれたとしましょう。その後、自国に戻っても日本の商品をより購入するようになり、将来の旅先、留学先、就労先として日本を選んでくれたりすることにもつながります。その旅行者の将来の何十年に渡り、日本にプラスの経済効果をもたらすはずです。
宮崎:おっしゃるとおりですね。我々は「旅中」「旅後」という言葉を使いますが、「旅中」でファンになってもらってからの「旅後」の波及効果までを考えるようにしています。たとえば、日本にも都会・地方を問わずインターナショナルスクールが増えていますが、日本を訪れた旅行者がそのご子息を日本に留学させるケースをよく耳にします。この場合、学費や生活費など、数年にわたり何千万円というお金が日本に落ちることになります。そのご子息は、日本に愛着や人脈を持つことになるので、その後に日本でビジネス展開する、つまり日本に投資という形で、さらに大きなお金を落としてもらうことにもつながります。
また、日本酒のような旅中で出会った魅力的なコンテンツに、ビジネスとして出資という形で関わるケースもあります。加えて、HondaJetに感動したユーザーがHondaJetの購入・整備・保管スキームについて相談を頂くケースもありました。このように観光が源流となって日本へのファンが増え、結果的に日本に大きなお金が入ってくる手応えを強く感じています。
加藤:なるほど。旅行産業は世界80億人の経済力を日本に取り込む入口になるということですね。
一等地のホテルや不動産の価格上昇は、真の国際都市になることの表れ
加藤:さて、先ほど二次交通の大切さについて伺いましたが、宿泊施設はいかがでしょうか。日本には「ラグジュアリーホテルが圧倒的に足りない」という声はよく聞きますが。
宮崎:都市圏はそれなりに充実してきていますが、不足しているのは地方です。我々が提供する地方の観光資源を生かした高付加価値型の旅行ツアーにおいて、どこに滞在してもらうかは極めて重要なのですが、ファーストクラスのホテル・旅館がまったく足りていないという認識です。宿泊施設の開発には少なくとも数年という時間がかかるので、この課題は長期戦になると捉えています。
首都圏では、例えば「ブルガリホテル東京」のような50-60平米で一泊30万円クラスのホテルもオープンし、ロンドンやパリの一等地のホテルの価格帯に引けを取らなくなってきました。一方で、都市圏のホテルが普通の日本人では泊まれない価格帯になってきているという批判も国内から出てきています。
加藤:その批判は心情としては理解できる部分もありますが、その変化こそが東京や大阪が真の国際都市になる表れだと思います。ニューヨークやパリの一等地のホテルを現地の一般人が利用しているかというと、そんなことはまったくないですよね。5番街やシャンゼリゼ通りで買い物をしているのも、外国人ばかり。それで問題はないし、世界のどの大都市でも当たり前のことだと考えます。
同様に、東京の湾岸部などではタワーマンションの価格が大きく上がり、「外国人が買い上げたせいで価格が上がり、日本人が住めなくなっている」という声も聞きます。ときには飛躍して、「日本の領土が外国人に奪われている」という誤った論調も出ています。冷静になれば、高層タワーマンションの1室に付属する土地など本当に微々たるものですし、持ち主が外国人であっても、そこは日本の法律が100%適応されます。軍事施設周辺など安全保障上重要な土地・不動産については、2012年に法整備も行われています。国際化の表面だけを捉えて感情的に反応することには、気をつけたほうがよいと思います。
冷戦時代のこんな話があります。米ソの冷戦を終わらせるには、ソ連の共産党幹部の富裕層に、ニューヨークやロサンゼルスの不動産を持ってもらえばよい。自分の資産がある場所にミサイルを打ち込むことはなくなるからと。非常にわかりやすい説明だと思いますが、二国間で相手国の不動産や企業の株を所有するような行為、つまり経済の開放は、両国の相互依存を深めることで政治的な緊張を和らげる効果があります。この反対が、経済をブロック化して外国の資本や人を追い出してしまおうという考えです。
また、かつては、外国人への観光ビザ解禁によって日本の治安が劇的に悪くなるような報道をよく目にしました。それが今や、インバウンド需要は日本の国力を支える大切なものになっている。今後、インバウンド旅行の産業規模がさらに拡大するとすれば、我々は色々な摩擦を経験することになると思いますが、短期ではなく長期の、そして感情的ではなく冷静で戦略的なマインドを持つことが求められると思います。
(後編へ続く)
▼「Japan ticket」によるインバウンド富裕層向けツアーの一例「安中」
ヘリポートを隣接する完全会員制のゴルフ倶楽部でプロとのラウンドを実現。地場のジビエや野菜をプレミアムウイスキーと満喫する大自然BBQなど。