未来に向けた明るい循環を育てていく。知られざる資産としてのヴァイオリンの魅力(前編)

人々の感性や表現力を育み、人生や社会を豊かにしてくれる音楽、そしてそれに欠かすことのできない楽器。今回は、ヴァイオリンに関する提案や楽器シェアアプリを通じて人々と楽器をつなぐ、株式会社atsumariの木附(きづき)さん、カポラリさんと、WealthPark研究所の加藤が対談しました。前編では、atsumariのはじまり、ヴァイオリンの歴史や価値、ストラディヴァリウスが最高峰と呼ばれる所以、ヴァイオリンの世界に欠かせないスポンサーの存在についてお聞きしました。

株式会社atsumari 代表 木附篤人(きづき あつと):1992年12月生まれ。東京都出身。大学院にて、経営戦略・ブランド戦略を研究し、経営学修士(MBA)を取得。幼少期より現在までヴァイオリンを嗜んでいる。共同設立者のカポラリとは、中学時代からの友人である。大学入学以前より起業願望を持ち、常に新規事業について模索していた。大学院に進学後もその意思は変わらず、上海へ現地調査に赴いたこともあった。そんなさなか、日本に一時帰国していたカポラリが弦楽器職人業界の現状を語ったことから、当時の中国でシェアリングエコノミーが注目されていたことに目をつけ、「atsumari:楽器シェアリングサービス」を考案した。

株式会社atsumari カポラリ真亮(かぽらり まりお):1993年3月生まれ。東京都出身。日本の大学を卒業後、Chicago School of Violin Makingに留学し、卒業。留学中、ヴァイオリン製作者の現状や卒業後の働き方を見聞きすると同時に、彼らの本音に触れ、一時帰国の際に楽器業界の実情を木附に相談した。木附の「シェアリングエコノミーというモデルを楽器に特化できればより良い環境を作れるのでは」という意見に共感し、共に挑戦していくことを決意。atsumariでは、サービス運営の他、ヴァイオリン製作、アメリカとアジアにおける弦楽器の卸売りを担当している。また、実父の会社である株式会社Caporale&Ochando Fine Violoinsと提携し、テレビ朝日系列お正月スペシャル「芸能人格付けチェック」に楽器を提供するなど、幅広いヴァイオリンを取り扱っている。

WealthPark研究所 所長 加藤航介(かとう こうすけ)‐ プレジデント/インベストメント・エバンジェリスト:「すべての人に投資の新しい扉をひらく」ための研究、啓発のための情報発信を行なう。2021年より現職。

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楽器業界を活性化させる新しい仕組みとしてスタートしたatsumari

加藤:本日は、ヴァイオリンの販売や楽器シェアアプリを手がける株式会社atsumariの木附さんとカポラリさんに、ヴァイオリンの世界やヴァイオリンの資産性について伺いたいと思います。テレビ番組の「芸能人格付けチェック」にも楽器を提供されていらっしゃいますが、まず、お二人の自己紹介もかねて、ヴァイオリンとの出会いや会社を立ち上げられた経緯についてお聞かせいただけますか。

木附:私は幼少期よりヴァイオリンを弾いていました。兄弟と発表会で演奏する機会なども多く、音楽は自分が夢中になっているもの、そして年を重ねるにつれて心を豊かにしてくれるものになっていきました。今では演奏自体は趣味程度ですが、ヴァイオリンは私の人生にとってかけがえのない存在です。

カポラリ:私の場合は、父がヴァイオリンの製作者という珍しい職業で、木附と同じく、生まれたときからヴァイオリンは身近な存在でした。父と同じ道に進みたく、大学卒業後はアメリカのヴァイオリン製作学校で学んでいました。

木附:私とカポラリは中学から高校まで同級生で、放課後はビリヤードなどをしてよく遊んでいました。大学卒業後はカポラリがアメリカに渡り、私は経営を学ぶために大学院に進みましたが、カポラリが一時帰国したときに、ヴァイオリン業界の製作側の厳しい現実について話してくれたことが、起業のきっかけになっています。

加藤:厳しい現実とは、どんなことでしょうか。

カポラリ:一言でいうと、学校でヴァイオリンの製作技術を学んでも、ヴァイオリン作りの仕事に就けないということです。職人が1台のヴァイオリンを製作するには、どんなに頑張っても1ヶ月半はかかります。原価も考えると、完成品が少なくとも数10万〜100万円の価格で売れないと生活ができない。一方で、購入する側からすると、無名の職人の楽器にまとまったお金を払うのであれば、多少価格が上がってももっと名の知られている職人の楽器を買いたい。その結果、製作学校を卒業しても楽器を作る側の仕事はなく、ほとんどの人が修理人としてキャリアを積むしか道がないのです。

木附:それを聞いて、私も少なからずショックを受け、ヴァイオリン業界全体のエコシステムを正しく捉えてみようと思いました。私は当時起業を見据えて、リサーチのために上海を訪れていたのですが、そこで見た様々なシェアリングエコノミーを、楽器の世界に持ち込んでみたら業界がどう変わるのかと考えを巡らせました。今までは存在しなかった、楽器をシェアして使うという選択肢を社会に提供することで、誰しもが気軽に楽器を始められる、または大人になって演奏を辞めてしまった人が気軽に戻ってこられる仕組みを作れば、ヴァイオリン業界だけでなく社会のためになるのではないかと。

米国と日本の時差がある中、カポラリとは何百回もオンラインでお互いの想いやミッションについて語り合いました。そうして、人と社会、そして楽器業界を活性化させる新しい仕組みとしてスタートさせたのがatsumariです。はじめは、楽器のシェアリングサービス、その後は楽器と奏者とスポンサー     のマッチングサービスなど、お客様のニーズに応える形で事業を拡大してきています。

加藤:なるほど。プレイヤーと製作者というお二人が楽器業界の活性化を目指して始められた事業なのですね。ちなみに、atsumariという社名の由来は何でしょうか。

木附:二人の名前である「アツト」と「マリオ」を組み合わせたものですが、「楽器を通じて人がアツマリ、社会が豊かになる」という想いを感じ取ってもらえればと思います。

誰が作ったか」「誰が弾いてきたか」「誰が持っていたか」で決まる、ヴァイオリンの価値

加藤:atsumariの事業の詳細については、後ほど詳しくお聞かせくださいね。まずは、ヴァイオリンの楽器としての値段について伺わせていただけたら。先ほど、新人職人の話が出ましたが、いわゆる一流職人の方が作るヴァイオリンはいくらくらいになるのでしょうか。

カポラリ:今活躍しているイタリアのトップレベルの製作者の新作ヴァイオリンであれば、300〜400万円といったところでしょうか。製作技術を競うコンクールに入賞した製作者のヴァイオリンなどは、値段も高くなりますね。残念ながら、日本人の製作者でその価格で出せる職人はいないのが現状ですが。

加藤:なるほど。そして、最高級のヴァイオリンといえば、ストラディヴァリウスが有名ですよね。高額なものは数10億円で取引されていると聞きます。

カポラリ:はい。ストラディヴァリウスは300年以上前の製作者の楽器ですが、その評価が高い理由は、弾いたときの圧倒的な音色の広がり、音の伸びの素晴らしさにあります。それは当時の製造技術が素晴らしかったことを意味していますが、さらに希少性が加わり、非常に高額な評価を受けています。

アントニオ・ストラディヴァリ氏は、ヴァイオリンの産みの親とされるニコラ・アマティ氏の弟子に当たります。驚くことに彼の時代以降、ヴァイオリンはその姿も造りも基本的にほぼ同じで、改良されたのは本体ではない弦の材料くらいです。これを指して「ヴァイオリンは生まれたときにして完全な姿であった」と言われることもあります。

実際には、ストラディヴァリ氏がヴァイオリン製作を始めてから30年間ほど、ヴァイオリンの微細な幅や膨らみの音への影響についての研究と改良が重ねられ、1700年〜1720年が黄金期とされています。この頃に作られたヴァイオリンが醸し出す音色は、現代の技術をもってしても復元不可能です。

加藤:復元不可能?それは不思議ですね。現代なら工作機械や3Dプリンタなどの立体加工の最新技術もありますし、様々な測定器などで音色も科学的に調べることもできそうですが。

カポラリ:復元不可能と言われる理由はいくつかあります。一つは、弾かれることで木が振動を受け、それにより、より深みのある良い音が出るという弦楽器のユニークな特性です。そして、ストラディヴァリ氏のヴァイオリンは、歴代の名ヴァイオリニストに弾かれ続けてきたこともあり、適切なメンテナンスがされ続けています。また、原材料となる木材の当時の密度や水分量などが最適であり、現代に同じものを見つけるのが難しいとも言われています。

高価格で取引されている背景として、過去のヒストリーによる影響も大きいです。ストラディヴァリウスは、現在までの300年間、世界的に名の知れた多くの貴族に所有され、名だたる演奏者に弾かれていたという歴史があり、そこにも人々が多くの価値を見出しているのです。次に所有される方にすれば、社会の教科書に出てくる貴族と自分の名が並ぶという体験をされるわけです。

加藤:「誰が作ったか」「誰が弾いてきたか」「誰が持っていたか」という複合的な要素で高額な価格がついているのですね。ちょっと他の業界では例が思いつかないような、非常にユニークな世界だと思います。ところで、ストラディヴァリ氏のヴァイオリンは、世界にどれくらいの数が現存しているのでしょうか。

カポラリ:ストラディヴァリ本人が作ったものは、約600挺(ちょう)ですね。ヴァイオリンがほとんどですが、ヴィオラ(12挺)やチェロ(50挺)、あとはギター(1挺)もあります。また、ストラディヴァリには息子が二人いるのですが、息子たちが作ったものも含めて、ストラディヴァリウスは世界に1,100挺あるという言われ方もします。ヴァイオリンより希少なヴィオラなどはより高額ですね。

加藤:なるほど。ストラディヴァリウスの価格帯はどのようになっていますか。

カポラリ:現在、おおむね5億円以上で取引がされていますが、過去の最高取引額は、昨年の2022年に記録された約20億円です。価格に幅があるのは、先ほど説明した製作年、過去の来歴が異なるからです。

また、「完品」かどうかも問われますね。ヴァイオリンは頭、表、横板、裏板といった複数の木材パーツから構成されているのですが、長い年月の間には、例えば裏板だけが壊れたりすることがあります。その場合は、別の製作者の裏版に付け替えられたりしており、それらは引き続き「ストラディヴァリウス 」と呼べるものの、価格は抑えられてしまいます。それでも5億円以上するわけですが。

木附:ちなみに、ストラディヴァリウスよりも高い値段がつけられているヴァイオリンがあるのをご存じですか。同時代のイタリアの製作者であるガルネリの作品で、世界に200挺しかありません。ストラディヴァリウスを弾いたことのある奏者はそれなりの数がいますが、ガルネリを弾いたことのある奏者の数は格段に減ります。また、ストラディヴァリウスは誰が弾いてもある程度いい音が出ると言われますが、ガルネリは奏者の実力が音の違いとして出るとされています。よって、「ガルネリを弾けるのが最高の名誉」とおっしゃるプロの奏者は多いです。

ヴァイオリンの世界に欠かせないパトロンの存在

加藤:私にとっては、本当に知られざる世界です。そしてお二人は、そのような高価なヴァイオリンと奏者やスポンサー を繋ぐマッチングをされているのですよね。この点もより詳しく教えていただけないでしょうか。

カポラリ:はい。マッチングは奏者にとって非常に大切で、第一の理由は、ヴァイオリンによって、好き嫌いや相性が強く出るということです。また、奏者の成長に楽器のレベルが合っていることもとても重要です。力のある奏者が、コンクールやコンサートで名を揚げられない原因は、使っている楽器との相性であることも多いのです。逆に、実力が伴わなくても相性の合う楽器に助けられて、コンクールで高い評価を受ける場合もありますね。

実際、プロのヴァイオリニストからは、今弾いている楽器と自分のレベルについての相談をよく受けますよ。だからこそ、一人一人のプレイヤーに合った楽器が提供される仕組みが必要であると考えており、それを体現したのがatsumariのマッチング事業です。

そして、高級なヴァイオリンは、近年、価格が高騰しています。30年前は1億円前後で買えたストラディヴァリウスが、昨年20億円で次の所有者の手に移りました。もはやプレイヤーが個人で購入できる価格帯とはかけ離れてしまっており、それはヴァイオリンをプレイヤーに貸与するパトロンの役割が大切になっていることを意味しています。楽器とプレイヤーを正しくつなぐためには、スポンサーも含めた三者の高度なマッチングが必要という、新しい時代に入ってきているのです。

自分に合った楽器を使えている優秀なプレイヤーには、「彼や彼女の音色が聴きたい」と世界中からオファーがくるようになります。マッチングが適切になされることは、奏者、楽器、スポンサー 、コンサート場や業界関係者、観客など、すべてのステークホルダーにとってメリットがあり、ひいては音楽市場や社会全体を盛り上げていくことにつながるのです。

加藤:マッチングで産業の裾野が広がることで、次世代の才能もどんどん花開いていくということですね。クラシック音楽のヴァイオリンの世界では三者のマッチングが大切というご説明、目から鱗です。ちなみに、プレーヤーとスポンサーという仕組みは昔からあるのですよね。

木附:はい。ヴァイオリンにおいては、貴族自らが育てたいアーティストにヴァイオリンを貸し、自分たちが企画する演奏会で弾いてもらうという「貸与」の文化が昔からあります。スポンサー目線では、貸与したヴァイオリンの奏者がヴァイオリンに歴史を加えていくことで、資産としてのヴァイオリンの価値を上げていくのです。プレイヤーと共に楽器の価値を上げていくという意欲のある方が良いパトロンであり、ヴァイオリンスポンサーの 条件であるとも思います。

加藤:なるほど。例えば、スポーツ業界では選手はスポーツメーカーと契約をしていますが、ヴァイオリンの世界では、プレイヤーとスポンサーはどのような契約を結ぶのでしょうか。

木附:これは様々です。永久貸与もありますし、1年ごとに契約更改がある場合もあります。また、保険料をどちらが払うかなどの細かな条件も話し合われます。いずれにしても、昔に比べて楽器の価格が高額になっている今、音楽業界におけるスポンサーの重要性は益々高まっていると思います。

加藤:昨今、楽器の値段が大きく上がっている背景には、新興国の経済成長が関係しているのでしょうか。所得水準の上昇に比例して、音楽教育への投資や、クラシック音楽を楽しむ層は増えているものと思います。

木附:おっしゃるとおりです。一般に国の所得レベルが上がれば、情操教育として音楽にかけるお金も増えますし、特に中華圏において楽器の購買層が飛躍的に増えたことは、価格に大きな影響を与えていると思います。中華圏では文化的に教育への投資に積極的ですし、幼少期に楽器をたしなむことと、その後の学力の相関性が高い研究結果などは、高い注目を集めています。子供や孫に、数千万円のヴァイオリンを買うこともあると聞きます。

後編へ続く