超高齢社会を迎える日本では、認知症・介護・相続など終活にまつわるお金の問題が社会の大きな課題となっています。今回は、家族信託という新しい仕組みを提供されている株式会社ファミトラの横手彰太さんと、WealthPark研究所の加藤が対談。前編では、家族信託の存在意義、日本人のお金の価値観、世代を超えた資金循環の必要性についてお聞きしました。
株式会社ファミトラ 家族信託エキスパート 横手 彰太(よこて しょうた):中央大学経済学部卒。オランダ、スペイン、ニセコを転々として今は東京在住。株式会社ABCマート、ニセコで飲食店経営、株式会社日本財託を経て、老後問題解決コンサルタント・認知症とお金の専門家として活動。現在は、スタートアップの株式会社ファミトラにて家族信託エキスパートとして従事。NHKクローズアップ現代+(2回出演)、テレビ朝日ワイドスクランブルなどメディアに多数出演。著書に「認知症になる前に知っておきたいお金の話」(ダイヤモンド社)、「老後の年表」(かんき出版)、「老後の心配まるごと解決ノート」(宝島社)、「脱定年時代の歩き方」(Gakken)がある。
WealthPark研究所 所長 / 投資のエヴァンジェリスト 加藤 航介(かとう こうすけ):「すべての人に投資の新しい扉をひらく」ための研究、啓発のための情報発信を行なう。2021年より現職。
家族信託とは、超高齢社会に突入した日本が抱える問題を解決する仕組み
加藤:本日は、超高齢社会を迎える日本の社会問題である認知症や相続について、家族信託という新しい仕組みを提供されている株式会社ファミトラの横手彰太さんと対談させていただきます。横手さんは、10年以上前から家族信託の現場に携わられ、数千人の方から相談を受けており、日本の家族信託の利用の現場を最も知っておられる方と思っております。
今回の対談では、そんな横手さんから家族信託について学びながら、日本の家族におけるお金の価値観について考えてきたいと思います。さて、多くの方は「家族信託」という言葉を初めて耳にすると思います。まずは簡単に教えていただけないでしょうか。
横手:はい。まず信託とは、自身の財産を信頼できる人に託し、自身の目的に沿って運用・管理してもらうこと。そして家族信託とは、家族による家族のための信託を指します。
一般には、高齢の親が自分の財産の一部を現役世代の実子に預け、生前中の財産の管理方法や、死亡後の財産の承継割合について決めます。管理を託された子供は、無報酬が原則です。弁護士や司法書士が契約書を作成し、公正証書化します。契約後は財産が適切に運用されているか、第3者の信託監督人によってモニタリングすることも可能です。
信託の発祥は、中世ヨーロッパの十字軍の遠征に遡ります。戦争に行く領主が自分の財産を信託という箱に入れ、もし自分に不幸があった場合に、親族が揉めごとを起こしたり、困窮したりすることを避けるための知恵です。
日本における家族信託は、2006年の信託法の大改正によってその条文も約4倍に増えるまでに充実し、少しずつ浸透してきました。昨今では、超高齢社会に突入して大きな社会問題として浮き彫りになってきた認知症・介護・相続にまつわるお金の問題、また障がい者の経済的な問題を解決できることが期待されています。
相続対策においても、家族信託の決めごとは、遺言や成年後見制度よりも優先されますし、柔軟性や透明性という点で非常に優れています。民法という一般法で定められている遺言に対して、信託は信託法という特別法により定められています。特別法は一般法に優先するため、信託は遺言に優先されることとなります。
加藤:概要から歴史までご紹介いただき、ありがとうございます。日本では信託という制度自体は100年ほど前に確立されていますが、家庭の相続への利用は比較的新しいことのようですね。また、家族信託の決めごとが遺言よりも優先されることは、多くの方に知られていないところだと思います。
とはいえ、遺言や成年後見制度、そして生前贈与という手段もある中、家族信託を使うメリットとは何なのでしょうか。もう少しご説明いただけませんか。
横手: そうですね。一番のメリットは、認知症による財産凍結への対応です。
現在、65歳以上の5〜6人に1人、80歳代後半では約4割が認知症であると言われていますが、親が認知症を患うなど判断能力を失った場合、その財産は基本的にすべて凍結されてしまい、実の子ですら使うことができません。使用使途が親の介護や医療のためだとしても、子は親の銀行口座からお金を引き出すことも、親の所有する不動産を売却して使うこともできないのです。つまり、親の介護について、時間的・精神的な負担に加えて、経済的な負担までが子供世代にのしかかります。
家族信託を使えば、お互いの納得のいく内容で信託契約を結んで財産を分けておくことができるので、そうした事態を回避できます。たとえば、親が元気なうちに家族で話し合い、「親の介護が必要になったとき、介護費用や施設の入居費用の捻出を目的として、親の預金◯◯◯円や、△△△の土地、建物を管理する権利を子に委託する」といった内容で信託契約を締結しておけば、いざとなったときに子が親の資産を本人の希望に沿って活用することができるのです。
自分の家庭の単体決算で考えるのではなく、親まで含めた連結決算で考える
加藤:なるほど。まさに「人生100年時代」を見据えた老後資産管理の手段なのだと、理解が進みました。一方で、家族信託の利用は、家族間でお金についてきちんと対話ができることが大前提となりますね。このことは、日本人のお金の価値観やコミュニケーションに向き合うことにつながるかと思います。
というのも、日本人の多くは自分の親や子供にはお金で迷惑をかけたくないと思ってはいるものの、実際には家族間でお金の話を避けるという、奇妙な傾向にあると感じています。最近でこそ、義務教育でのお金の教育の必要性が叫ばれていますが、少し前までは「子どもにお金の話をするなんてとんでもない」といった風潮でした。つまり、親子で想い合う心はあるけれど、対話をしないし、教え合いもしない。結果、終活に対して充分な準備もできずに、お互いに非常に大きな迷惑をかけることが起きているのではないかと。
お金持ちの家でも、そうでない家でも、介護や相続を通じて残された者が絶縁となったという話をよく聞きますが、これは大変に寂しいことです。終活のお金に関するすべての問題を解決できないとしても、それらの苦しみを新しい仕組みやイノベーションで減らすことができれば、社会全体にとって大きな価値があると思います。
横手:おっしゃるとおりですね。家長制度が潜在意識に根づいている日本人は、親と子が対等にお金の話をすること、特に親の経済事情について子供から尋ねることは、ハードルが高いのだと思います。ただ、親が90歳、100歳まで生きる時代に、子が親のお金について何も知らないことは、家族全体の幸せにおいて重大なリスク要因となります。
加藤: そうなんですよね。私自身も自分の親とお金について話すことは、心理的に抵抗があり、後回しにしてしまいがちです。核家族で別々に暮らしている場合、特に久々に会った親に、お金の話をこちらから切り出すのは難しい。
1960年代に国民年金や厚生年金といった現行の年金制度が始まり、人々の老後は子供や親族ではなく、社会全体で面倒を見る時代へと移行していきました。その後、介護保険なども充実してきたわけですが、超高齢社会となった現在では、社会保険や福祉制度の次の新たな仕組みが必要に思います。
実際、たとえ子が親元から経済的に独立したとしても、親子の結びつきはなくなりませんよね。結婚すれば自身の親に加え、パートナーの親との関係も生まれます。これからの時代は、家族間・親族間でお互いの資産全体を見える化し、フラットに話すというマインドセットが大事なのかもしれません。
日本の企業会計の世界でも、ここ数十年で連結決算で考えることが当たり前になりました。核家族である自分の家庭の財務状況を単体決算とすると、親まで含めた連結決算をしていかないと、グループ全体の幸せという目的は達成できないと思います。実際、日本においても、企業の連結決算が導入される前の1990年代は、社会全体で不良債権の認識ができず、その先送りが横行し、日本経済全体を長期に大きく苦しめました。
横手:単体決算と連結決算の違いという比喩は、相続の問題を考える上で、非常によい表現だと思います。大切なのは、親の健康状態などに問題が起きる前から、親子の連結会計を意識できているかです。親の介護や相続に直面し、親の資産へ子が関わらざるをえなくなったときになって初めて相談を受けても、すでに手遅れで手の施しようがないケースも多くあります。だからこそ、日頃から家族で話し合い、お互いの資産を見える化しておくこと、その意識を持っておくことが非常に大切です。
世代間を超えてお金の総合的なリテラシーを上げていくことが大切
加藤:日本の個人の金融資産約2,000兆円のうち、その2/3は高齢者が保有していると言われています。マクロで見ると、一部の高齢者の方はお金を墓場まで持っていくような行動をとっており、これが日本経済の「目詰まり」をもたらしているという意見もあります。経済はお金を持っている人が何らかの消費や投資を行わなければ、衰退してしまいますので。
今の日本の世代間を資金循環の視点で見ると、70代以上の親世代はお金があるにもかかわらず、30〜40代の子育てなど何かと物入りな現役世代はお金がない。そして高齢化が進んだことで、子供世代は子育てが終わってお金に余裕の出た60〜70代のタイミングで両親の遺産を受け取るようになっています。リタイア世代からリタイア世代へお金が移行しても、消費や投資が行われません。にもかかわらず、その次の世代でもまったく同じことが行なわれていきます。
こうした現状を踏まえると、家族信託の仕組みづくりの議論を通じて、子育て全盛期の現役世代に親の資産が受け継がれることは、子どもによりよい教育の機会を与えられたり、家族旅行の思い出をつくれたりするなど、親族全体の幸せが生まれるように思いました。
親世代から子供や孫の世代への住宅取得資金や教育費の贈与に税金をかけない支援策が導入されたり、相続税における生前贈与の加算期間も3年から7年に延長されたりと、資産をなるべく早くに次世代に移していこうという動きはあります。一方、制度が整っても、渡す側と受け取る側のコミュニケーションができていなければ、なかなか利用が進まない。現場から離れた経済全体の資金循環の話で恐縮ですが、このようなマクロ的な問題について、横手さんのご意見を伺えますか。
横手:現場を見ている人間としては、生前贈与や相続がスムーズにいかないことの根底にあるのは、子と親の相続回りのお金のリテラシーの不一致です。老後を迎える親は遺言や法定相続分などについて理解しているのに、子の知識不足や誤解によって話が進まないケースが多く見受けられます。反対に、親がマスメディアや銀行からの限定的な情報ソースしか信じず、子が今の時代に即した提案をしても聞く耳を持たないケースもありますね。
親子間・兄弟間でお互いのリテラシーの不一致を解消できない状態では、お金に関する何かしらの合意を形成しようとした際にうまくいきません。ときには感情的になってしまうのも当然の結果でしょう。そのような問題を解消するには、世代間を超えてお金の総合的なリテラシーを上げていくことしかないのだと思います。
加藤:なるほど。お金のリテラシーの問題ということは、お金の教育に行き着くというご意見に思います。横手さんは、相続に留まらないお金のリテラシーに関する複数の著書を執筆されており、各種メディアでもお金のリテラシーについて幅広い啓発をされていらっしゃいますよね。
私も、色々な形で金融教育に携わらせていただいておりますが、お金の教育は家で教えることが一番大事であるとも思っています。その点でも、世代間を通じたリテラシーの向上が重要であるというのは、同感です。
横手:そうですね。また、お金だけでなく、介護や認知症に対するリテラシーの向上も大切であると思います。親の介護やその費用が想像できずに子がいたずらに不安を抱えているケースもあります。私の使命としては、家族信託を通じて、家族間の経済や資産の状況を整理し、周辺にあるリテラシーを高め、その上で家族が進むべき正しい道筋をつけ、選択肢を広げていくことだと考えています。
(後編へ続く)