「寄付文化が社会に根づいていない」と言われることの多い日本。日本人の寄付総額は名目GDPの0.23%であり、これは1人当たり年間約1万円の寄付に相当するものの、欧米と比べて見劣りする数字です。また、ふるさと納税の影響から寄付の税額控除のメリットは認知されてきたものの、ここ10年で倍増した日本の個人寄付額のうち半分を占めるのもふるさと納税だそう(※)。そもそも寄付はなぜ社会に必要なのか。「10代の孤立」という日本の社会課題に取り組まれている認定NPO法人D×P(ディーピー)の理事長である今井さんと加藤が対談し、「寄付」という切り口からお金と社会のつながりを考えました。
※2009年の5,455億円から2020年の1兆2,126億円に倍増。うち、6,725億円はふるさと納税(『寄付白書2021』(日本ファンドレイジング協会))。
今井 紀明(いまい のりあき) 認定NPO法人D×P(ディーピー)理事長:1985年札幌生まれ。立命館アジア太平洋大学(APU)卒。神戸在住、ステップファザー。高校生のとき、イラクの子どもたちのために医療支援NGOを設立。その活動のために、当時、紛争地域だったイラクへ渡航。その際、現地の武装勢力に人質として拘束され、帰国後「自己責任」の言葉のもと日本社会から大きなバッシングを受ける。結果、対人恐怖症になるも、大学進学後友人らに支えられ復帰。偶然、中退・不登校を経験した10代と出会う。親や先生から否定された経験を持つ彼らと自身のバッシングされた経験が重なり、2012年にNPO法人D×Pを設立。経済困窮、家庭事情などで孤立しやすい10代が頼れる先をつくるべく、登録者12,000名を超えるLINE相談「ユキサキチャット」で全国から相談に応じる。10代の声を聴いて伝えることを使命に、SNSなどで発信を続けている。
WealthPark研究所 所長 / 投資のエヴァンジェリスト 加藤 航介(かとう こうすけ):「すべての人に投資の新しい扉をひらく」ための研究、啓発のための情報発信を行なう。2021年より現職。
寄付型NPOが新しいロールモデルになれる可能性
加藤:「寄付が収入の50パーセント以上を占めるNPOは少ない」と伺いましたが、そもそも日本人の金額換算の寄付額が少ないこと以外に、何か背景はあるのでしょうか。
今井:そうですね。NPOに関する法律自体は1998年に整備されていましたが、2008年に社会起業家がブームになり、寄付型ではなく収益型のNPOに注目が集まったことは大きいかもしれません。その流れを受けているのが今のスタートアップであり、今はNPOよりもスタートアップの方が社会課題を解決するプレイヤーとして認知されています。一方で、寄付型NPOは国や株式会社ができないことを事業化できるモデルになれる可能性を秘めており、2020年代、2030年代になって、より重要になってくると見ています。国がどうしても課題解決できないこと、リソースを割くことや資金投入ができないことが、今後さらに増えてくると思っているからです。
現時点では寄付型NPOは開発段階にあり、我々がこれからつくっていかなければならないと考えていますし、ノウハウはどんどん外部に開放しています。たとえば、我々がこれだけの寄付を集められるようになるまでには、3つの工程がありました。一つ目は、何をやっているのか、事業を明確に示すこと。二つ目は、何に使ったのか、お金の使途を明確に示すこと。三つ目はお願いし続けること。どれか一つでも欠けていたら、ここまで広まってこなかったと思います。NPOは日本において信頼性が低いからこそ、この三つをしっかりやることが大切だと伝えたいですね。
加藤:非営利の活動であっても、事業を行う上でのいわゆる経営マインドを持つということですね。それにしても、投資もそうですが、寄付が「あやしい」と誤解されがちなのは残念なことです。
社会福祉や教育、文化施設の原型をつくってきた寄付
今井:投資や寄付をあやしむ風潮を変えていくことは必要ですよね。私も寄付に関するリサーチや情報発信を行っていますが、寄付を歴史的に紐解いていくと、寄付によって社会福祉や教育、文化施設の原型がつくられてきたことがわかります。『日本の寄付を科学する』という本にも書かれていますが、昔から経営者は納税とは別に自発的な寄付を通じて社会を支えているんですよね。
たとえば、岡山の実業家の大原孫三郎は自らの寄付で孤児院を支援したり、1930年前後に美術館を建てたりしていますし、大阪の灘校は1927年に灘の酒蔵によって創設されています。今我々が享受できているもののルーツを辿っていくと、寄付やNPOに対する見方は絶対に変わるはずです。寄付には資本や社会をつくる力があります。今でも大学のような学校法人が寄付を募っていることはありますが、民間から寄付を集めて、社会的にインパクトのある新規の研究や事業を創出していけると、寄付も一般的になっていくことが期待できますね。
加藤:より日常的に寄付と社会のつながりを知る機会が増えていけば、草の根的に広がっていくでしょうね。ご指摘されたように、世の中に還元していこうとする経営者の思考と寄付の親和性は非常によくわかります。弊社の不動産管理アプリのユーザーには経営者の方も多いのですが、やはり寄付への関心は高いです。今はまだ構想段階ですが、日に何度もチェックするアプリに寄付の機能を持たせることができれば、毎月積まれていく家賃収入を社会の「生き金」に変えられる仕組みがつくれると考えています。
今井:それはおもしろいですね。一方で、寄付は富裕層がするものかといえば、そんなことは決してなくて。私たちの寄付者の中には、奨学金を返済中の方や学生の方も、毎日の暮らしから何かを少し削って定期的に寄付してくれています。そうした方々に寄付の理由を聞いてみると、応援、共感、後悔など、それぞれの経験に紐づいたさまざまな答えが返ってくるんですよね。寄付の動線は個人の経験を起点につくりたい社会を思い描くことから始まるんだと思います。
加藤:非常によくわかります。寄付の本質は、つくりたい社会、未来にお金を送ることですよね。私が啓発している投資も同じで、漢字を分解すると「投」「次」「貝」となるように、投資とは「次(未来)に向けて貝(お金)を投じる」ことなんです。言い換えれば、つくりたい未来を信じて、そこにお金を預けることが投資。未来志向の長期的な活動であり、多くの方が混同しているようなギャンブル的な行為ではありません。その意味では、寄付と投資の本質は同じだと考えています。
利益を上げるべきではない?NPOに関するよくある誤解
加藤:投資については、「格差をつくる」「騙される」といった誤解をよく受けますが、寄付やNPOに対してはいかがでしょうか。
今井:NPOへの寄付でよく聞くのは「中抜き」批判ですね。つまり、寄付の一部がNPOの人件費やその他の経費として使われてしまうという批判です。これに関して私が明確に寄付者の方に伝えているのは、むしろ「人件費はしっかり払う」ということです。なぜなら現金給付や食糧支援だけでは問題は解決しないからです。
子どもの相談に乗って悩みを引き出して一緒に向き合うという、人による支援があるからこそ、複雑に絡んだ衣食住や進路の問題が解決できるのです。このような人を雇ったり、育てたりしていくために、人件費は不可欠です。また、「ひとりひとりの若者が自分の未来に希望を持てる社会」をつくることを目指し、社会課題に長期的に取り組んでいる私たちの組織において、中にいる職員が持続可能な形で働けなかったら大問題です。だからこそ、「人件費はしっかり払う」というスタンスを打ち出しています。
たとえば、赤十字に義援金を送る場合、人件費と手数料は義援金からは出ていないので、そのイメージからこうした批判につながっているかもしれませんね。ただ、人件費と手数料がかかっていないわけではなく、赤十字が負担しているだけです。ユニセフも国境なき医師団も、人件費はかかっています。こうした説明をNPO側がしっかり行っていく必要はあると思います。
加藤:現金や食料などの直接支援だけでは完結しない。むしろそこにお金をかけて人を介在させるからこそ、よい支援ができる。この支援のプロセス全体を寄付側も理解しなければなりませんね。
今井:もちろん、寄付されたお金はできる限り無駄なく、効率的に使うことは大前提ですが、支援の範囲についてはもっと理解が広がっていくといいですね。それから、もう一つよく聞くのは、「NPOは利益を上げたらいけない」という誤解。実は、NPOも会計上、正味財産は当然認められています。私たちも事業拡大や採用活動に向けて、寄付者向けには「次年度資金確保率」という言い方をしますが、毎年の当期正味財産増減額(経常利益)の10パーセントは現金として内部に留保して再投資したいと考えています。そうしていかなければ現実的に事業の運営が厳しくなるからです。ちなみに、前期の次年度資金確保率は9.1パーセントでした。
加藤:なるほど。政府や企業が機能的に動けていない領域のセーフティネットをつくっているNPOや寄付に対して、我々側ももっと理解を深めていけたらと思います。
寄付と投資の未来を語ろう
加藤:ひとりひとりが正しい投資の概念を身につけていくと、豊かで幸せな老後を実現できるだけではなく、投資によって生まれた余力を社会に還元できるようになります。たとえば、寄付で若者や障がい者にお金が回せるようになるなど、投資と寄付によってお金と社会をつなげていくことでいろいろな可能性が広がっていくでしょう。最後に、5年後、10年後、今井さんがやりたいことを教えてください。
今井:私の目標であり夢は、ひとりひとりの若者が希望を持てる社会をつくっていくこと。人に頼れる社会、「助けて」と言える社会をつくりたいんです。そのために私たちD×Pが今目指すべきゴールとして、「2030年ビジョン」を立てています。具体的には、2030年までに、私たちが「ユース世代」と呼んでいる13歳〜25歳の3割にまずはリーチしていきたい。3割を支援するには100億円は必要になると思うので、引き続き寄付の獲得にも力を入れていきますし、NPOとして国への提言も積極的に行なっていきます。
3割という数字は大きく聞こえるかもしれませんが、私たちは2023年度に休眠預金活用事業であるREADYFORさんの資金分配団体となり、7団体へ資金・ノウハウ提供を行いました。このように他のNPOと一緒に3割にリーチしていきたいと考えています。競争をつくり出すためには共創も大事。ノウハウを公開して、参入できる人たちを増やしていきたいですね。
「2030年ビジョン」を達成した後は、海外にも目を向けていきたい。韓国は日本と似ている課題を持っていて、私たちの事業については韓国からも注目されています。非営利の領域で横展開できるものは、どんどん出していきたいです。国境なき医師団はナイジェリアで起こった紛争をきっかけにフランスの医師によって立ち上げられましたが、現在では60カ国の紛争地域で活動しています。そうした国際的な組織を日本発でもつくっていけたらと考えています。
加藤:寄付も投資も自分が主体的に参加して世の中のお金を動かす手段だという、本質が見えたと思います。本日はありがとうございました。