人への投資こそ、社会の豊かさの原点(前編)

Institution for a Global Society株式会社 代表取締役社長の福原さんとWealthPark研究所所長の加藤が対談。前編では、社会における人的資産の重要性や、これからの時代に求められる評価と教育について、福原さんが感じる日本社会の課題や、理想の世界にも触れながら、お聞きしました。

Institution for a Global Society株式会社 代表取締役社長 福原正大(ふくはら まさひろ): 慶應義塾大学卒業後、東京銀行(現:三菱UFJ銀行)に入行。フランスのビジネススクールINSEAD(欧州経営大学院)でMBA、グランゼコールHEC(パリ)で国際金融の修士号を最優秀賞で取得。筑波大学で博士号取得。2000年世界最大の資産運用会社バークレイズ・グローバル・インベスターズ入社。35歳にして最年少マネージングダイレクター、日本法人取締役に就任。2010年に、「人を幸せにする評価と教育で、幸せを作る人、をつくる。」をヴィジョンに掲げるIGSを設立。主な著書に『ハーバード、オックスフォード…世界のトップスクールが実践する考える力の磨き方』(大和書房)、『AI×ビッグデータが「人事」を変える』(朝日新聞出版社)、『日本企業のポテンシャルを解き放つ――DX×3P経営』(英治出版、2022年1月11日刊行)など著書多数。慶應義塾大学経済学部特任教授を兼任。米日財団 Scott M. Johnson Fellow。

WealthPark研究所 所長 加藤航介(かとう こうすけ)‐ プレジデント/インベストメント・エバンジェリスト:「すべての人に投資の新しい扉をひらく」ための研究、啓発のための情報発信を行なう。2021年より現職。

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金融資産や不動産だけではない。自分への教育も投資対象

加藤: 今回は、Institution for a Global Society 株式会社(以下、「IGS」)の代表取締役社長である福原さんをお迎えし、学校や組織における教育投資の重要性、そして「人的資産(人的資本)」の大切さについてお話ししたいと思います。

我々の世界には「資産」と呼ばれるものが多数あります。株や債券などの金融資産、不動産資産、暗号資産といった計測できる主な資産の時価を積み上げると、世界の年間GDPの約5倍に当たる5京円にも達すると推測されます。しかし、それは目に見える認識しやすい資産の合計です。世界でもっとも大きい資産は人そのものの「人的資産」です。その価値をGDPの約50倍とする学者の推計もあります。

弊社WealthParkは、不動産などのオルタナティブ資産や、それらから派生する金融資産への投資を主として扱う会社です。ただ、そうした資産に価値があるのはすべて人があってのことですので、我々にとって人的資産は大変に重要です。私自身もゲーリー・ベッカー氏の「人的資本」の捉え方に感銘を受け、過去の自著でも自身の人的資産を踏まえた国際分散ポートフォリオの考え方の整理を新たに提唱させていただきました。

人的資産の年齢別に留まらない国際的な分散という概念は、これからも広く啓発していきたいところでもあります。「人を幸せにする評価と教育で、幸せを作る人、をつくる」をビジョンに掲げられるIGSの福原さんに、人的資産が社会の豊かさと幸せにとっていかに大切か、ご見解を伺わせていただけたらと思います。

福原: おっしゃるとおり、我々のあらゆる社会活動の原点は人ですよね。例えば、企業の株の価値も、その企業を構成する人が生み出しているものです。また、不動産に価値があるのは、人間がつくった都市や文化が価値を与えるからです。『ロビンソン・クルーソー』のような、人が一人しかいない世界では、土地の価値やその意味もなくなるでしょう。企業も不動産も人間の活動によって価値が決まるわけですから、資産価値のもっとも根源的な要素は人であり、人的資産なのです。

資産運用に関連するところでは、1946年にミルトン・フリードマン氏による、人的価値を明確化し人的価値そのものを資産として考えるべきだという論文がありました。ベッカー氏と同様に、自分の能力の見える化や、自分のライフタイムバリューの向上のために自己投資することの大切さが説かれていました。つまり、金融資産や不動産だけではなく自分も投資の対象に含める必要があるし、教育は支出ではなく投資として捉えるべきなのですよね。当然、死を迎える前と若いときでは自己投資の意味は大きく異なります。年齢を重ねると人的資産の大きさも変化しますし、その結果、個人が保有すべき金融資産の構成比を変えるべきことも広く知られるところです。

加藤:日本における若年層への人的投資は、短期間で産業革命を実現させた寺子屋や、企業が新入社員に対して行う手厚い研修にも見られるように、ユニークな事例がありますよね。これから「人生100年時代」に突入していく中で、自分への教育や自己投資は、その意味をますます増していくでしょう。福原さんがおっしゃるように、人的価値を見える化し、自己投資をポジティブに捉えていく文化が根づけば、個人がより豊かに幸せに暮らしていくための新しい社会を迎えられると考えます。

人的資産の認知は世界中で必須になっていく

加藤: さて、今後、より人の価値が重要視される世の中を迎えるにあたって、既に、我々の社会では変化が見られていると思います。

福原: そうですね。例えば、フリーランサーの方が増えてきておりますが、人の能力に対してタイムチャージをするという世界観は、人的価値が社会でより見えやすくなっていることの表れだと考えられます。そして、人の活動の結果である作品が価値化されるという意味では、その著作権をデジタルな資産として取引していくノンファンジブルトークン(以下、「NFT」)も同じ流れに置くことができますよね。

加藤: 確かに、人の活動の価値の見える化が進んでいますね。ブログやSNSの普及も個人の才能が社会で評価される機会を創出してきましたが、改ざんできないブロックチェーン技術を使った様々なNFTがより多くの人の活動に正しく紐づけられれば、これからの人的資産革命の出発点になり得るのでしょう。2020年には、米国証券取引委員会(SEC)が上場企業に対して「人的資本の情報開示」の義務化を発表しておりますし、この先の数年でも世界で多くの変化が見られそうですね。

福原: 日本でも岸田首相が重要施策のひとつとして「人への投資」の強化を掲げていますし、人的資本に対する社会の機運の高まりを感じています。人的価値の定量化は日本でも必須になっていくでしょうし、企業活動について言えば次のマイルストーンは人的資本の統合報告書への反映ですね。2018年12月に国際標準化機構(ISO)が発表した、人的資本の情報開示のためのガイドラインISO30414では、人的資本の情報開示項目として「スキルおよび能力」を挙げています。IGSでは人材能力を可視化するAI評価ツール「GROW360」を企業様へ提供しているのですが、人的資本開示に関心の高いお客様からのご相談が増えています。昨今、証券会社が上場する企業の主幹事を引き受けるときには、上場する会社だけでなく、証券会社自身のESGに関する考え方を示すことも当たり前になってきました。特に海外投資家に投資してもらうためには、ESGに対する企業の姿勢は大変に重要です。ゆくゆくはすべての企業において、人的資本や人的投資の重要さが強く意識されると思います。

加藤: 付け焼き刃のESG対応は投資家にすぐ見抜かれてしまいますし、各企業が思考を凝らして自分達の言葉でESGへの思想を発信することが必要になっています。同時に、各企業のユニークな人的資本の思想が企業経営の土台となっていく時代も近いのでしょうね。

教育は個人にとっての幸せを得るためのもの

加藤: 続いて、これからの時代に求められる教育について、お伺いさせてください。私はイギリスやアメリカで10年ほど暮らし、他にも多くの国を訪れましたが、教育に対する考え方が国ごとに大きく違うことを興味深く見てきました。

日本の特徴は、ペーパーテストを中心とした公平性の高い入学試験に重きを置いていることや、決まった年齢層での進学が前提となっていることでしょう。対して、海外では、実務家の先生を呼び入れるためにカリキュラムに夜間と昼間のクラスが混在していたり、学業の途中で長期の休みを入れながら必要な単位を取得できたりといった、柔軟性があります。その結果、幅広い年齢層の人が学校で学んでいます。年齢に関わらず、学べるときに学ぶ、学び続けることができる、そして達成度が意識されていることが印象的でした。

一方、日本の学校にも面白い特徴があると思いました。それは勉強以外のことを学べる機会がとても多いことです。学校内でのクラブ活動や部活動の存在は世界的に見てとても特殊で、日本以外では習いごとなどはお金を払って学校外でするものです。また、これはシンガポールの会社で役員をやっていた友人に聞いたのですが、勉強熱心で有名なシンガポールの小学校では、日本では必須科目である美術、体育、音楽などは選択科目で、全員が受講するわけではないそうです。その結果なのか、社会人になったときに日本人から見ると当たり前の、プレゼン資料に図形を入れるとか、カラオケに行って一曲歌うといったことが、本当に全くもってできなかったりするらしいんですね。様々な教育によって人の能力が開発されているのだと感じさせられるエピソードでした。

教育に唯一の正解はないのだと思いますし、世界に色々な教育の形がある中で、福原さんは教育の本質とは何だと思われますか。

福原: まず、教育は個人が幸せを得るためのものだと思います。私は経済産業省の教育イノベーション小委員会のメンバーを務めているのですが、国における教育の最終目的は子供にとっての学習権の提供であり、それがすべての教育の仕組み、いわゆる公共教育の原点という前提に議論されています。ただ、現時点では、日本の公共教育が国家のためのものになってしまっているところに問題があると感じています。もっと個人の幸せにつながる教育に変えていく必要があると思いますね。

戦後に整備された日本の教育の仕組みは、国家として欧米に追いつくためのものでした。答えのある問いに対して最適解を出せる人材をつくる仕組みになっており、そこからアップデートがなされていないと考えます。いまだに教科書に検閲があって、指導要領にも自由度がない状態は、既にある程度豊かになり、より多様性が求められる社会において、個人の幸せが考えられていないように見えます。少子化にもかかわらず、私立中学の応募者数が過去最大というニュースを耳にしますが、日本の公共教育に対する危機感が表出されてきているように感じますね。ご家庭に資金があれば、海外の学校で学ぶといった選択肢もあるわけですが、国としてあるべき姿ではないと思います。

また、日本には大きなビジョンを持って、世界を牽引していくようなリーダーが育っていないと言えます。海外の政治家の明らかなリーダーシップや、そのような人材を養成する教育機関を見ると、そこには大きな差があるのでしょう。私は大学で教鞭もとっているのですが、日本の大学を社会システムとして正しく機能させる必要があると感じています。いまだに大学が「人生における休憩の時間」と思われている状況は、打破しなければならないなと。ただ、良い教育を提供しようと個別に頑張っている小規模な大学は増えてきましたね。東京大学も起業家教育を積極的に実施するなど、新しい価値を創出しようと前に進んでいます。そうした良い流れを、一部だけではなく日本全体で起こしていきたいと思います。

加藤: なるほど。実社会は正解のない問いの連続ですので、正解を出さなければならないという意識からは脱却しなければなりませんね。そして、公共教育のあるべき姿の議論に、文科省だけでなく経産省も委員会を立ち上げて取り組んでいるということは、実社会の多様な意見が取り入れられるという点で期待をしたいと思いました。

後編へ続く