⽇本酒の魅⼒を世界へ繋ぐアンバサダーとは(前編)

⽇本酒の魅⼒を世界へ繋ぐアンバサダーとは(前編)

一般社団法人Miss SAKE代表理事の大西さんと、WealthPark研究所所長の加藤が対談。前編では、日本酒の素晴らしさや魅力、日本酒業界のグローバル化のポテンシャルや課題をビジネスの視点からお聞きしました。

一般社団法人Miss SAKE 代表理事 大西美香(おおにし みか):東京都生まれ。上智大学法学部卒。2006年渡米時に、現地の方に日本酒を伝える活動を始め、日本酒学講師を取得。NYのワインショップ「The Winery」で日本酒・焼酎担当として勤務する傍らWSET , Master of Cheeseも取得。2008年に帰国後は、日本酒、焼酎などに関する講師、食に関するイベント・プロデュースを務める一方、2009年より新潟県「北雪酒造」の企画営業としても勤務。2014年一般社団法人Miss SAKE理事に就任後は、各蔵での酒造り・米作りにも関わる。2021年9月より現職。

WealthPark研究所 所長 / 投資のエヴァンジェリスト 加藤航介(かとう こうすけ):「すべての人に投資の新しい扉をひらく」ための研究、啓発のための情報発信を行う。2021年より現職。

加藤航介のプロフィールはこち

過去から引き継がれ、後世に遺していきたい、日本酒という文化

加藤:本日は日本酒業界に長年携われている大西さんとお話しできるということで、大変に楽しみにしておりました。我々、日本人の身近にある日本酒について、その魅力を再発見できればと思っており、色々と教えてください。ではまず、大西さんご自身が日本酒に惹きつけられた背景などをお聞きしてもよいでしょうか。

大西:私は、15年に渡って日本酒に携わっていますが、現職の前は新潟の佐渡島の酒蔵で、社長室付で働いておりました。海外向けを含めた日本酒事業の企画や営業として、そして冬の時期には実際の酒造りの経験も積みました。

私が日本酒に惹きつけられた理由は本当にたくさんあるのですが、今振り返れば、目には見えない2つの奇跡と神秘に心を奪われたからではないかと思います。

まず、日本酒の神秘的で多様な「香り」です。特に吟醸酒が発する花や果物の香りは、それぞれがユニークで、言葉では容易に表現できない素晴らしいものです。原料が米と水だけであるのにも関わらず、どうしてあのような多様な香りが作り出されるのか、今でも不思議で仕方ありません。人工的には作ることのできない「香り」という奇跡に強く惹かれました。

そして、日本酒造りにおける、目には見えない微生物が奏でる重奏にも惹きつけられました。これは穀物のデンプンの分解とアルコールの生産が同時に起こる並行複発酵という仕組みなのですが、このような複雑で絶妙なバランスで製造が進む酒類は世界を見渡しても存在しません。この2つの工程を明確に分けているビールや、後者だけが必要なワインと比較してみても極めて繊細な工程なのです。「技術の発達していない大昔の時代に、どのように、誰が発見したのだろう」と考えているうちに、日本酒への興味が深まっていきました。そこで、実際の現場を知るために酒蔵に飛び込み、日本酒のキャリアを歩むことになりました。

昔から、味噌・醤油・納豆などの発酵食品を味わうことは日本の食文化の一つです。技術や文化の面で、そのトップが日本酒ではないかと考えており、過去から引き継がれ、そして後世に遺していきたい文化に携われていることを、大変に誇りに思っています。

また、私が単純に食べることや飲むことが好きなので、多種多様な日本酒と料理を合わせるという点も日本酒を好きになった背景ですね。

飲み手が笑顔でおいしいと感じるものを選んでもらうことが一番大事

加藤:ありがとうございます。冒頭から、大西さんの日本酒への愛情がよく伝わってきました。私も食べることは好きですし、人とコミュニケーションを取る上でお酒という存在も好きです。ところで、日本酒と料理の合わせ方や飲み進め方については、ビールやワインと比べて誰かに教えてもらう機会が少なかったように思っています。ビールだと、とりあえずはすっきりしたラガーで乾杯して、エールやIPAなど少し重みがあるものに移っていきますし、ワインならまずスパークリング、白、赤みたいな流れはありますよね。一般の人でも理解しやすいよう、日本酒でも大西さんおすすめの基本的なペアリングや順序など、ご紹介いただけないでしょうか。

大西:何の料理かによって変わりますし、正解はないと思いますが、私の楽しみ方でよければ喜んでご紹介します。最初の一杯には、香りがとても素敵な大吟醸や純米大吟醸を、それこそシャンパンで乾杯するように楽しむことが多いです。そして、カルパッチョやお刺身などの前菜には、乾杯の時よりは少し香りと味わいの落ち着いたタイプの純米吟醸か吟醸をいただいてきます。

その後、メインの魚や肉料理などに近づいていくにつれ、純米酒に切り替えていきますね。煮物や味の濃い料理などが挟まれる場合は、燗にするのもとても良い選択肢です。そして料理の終盤では、本醸造を熱燗にしたり、時には飛び切り燗まで上げたりしてちびちびと楽しむ、という流れでしょうか。飲み過ぎですかね(笑)。

加藤:何だか、今から飲みたくなってきましたし、早速、そのペアリングの流れを試してみたくなりました。お聞きしていると、日本酒の香りを楽しむというのは、ペアリングの一つの軸になりそうですね。まずはとびきりの吟醸香を楽しんで、次の一杯はそれを少し落ち着かせていく。続いての純米酒で料理を引き立たせながら、温度を変えて楽しみを増やしていく。本醸造は吟醸酒に比べると高級なお酒ではないのかもしれませんが、味わいのあるおいしいお酒であり、それで締めていくというのもとても良い楽しみ方に思いました。

大西:私は、本醸造酒の味わいも大好きです。お酒を楽しむにあたって、お伝えしたいことは、味覚は本当に人それぞれだということです。過去、百貨店で何百回も試飲販売を経験しましたが、まったく同じお酒を飲まれているのに、あるお客様は「辛口でおいしい、いくらでも飲める」と言い、別のお客様は「甘くてフワッと口の中に広がる。ゆっくりと一人で飲みたい」と、あたかも真逆の感想を持たれることもありました。これほどまでに人の味覚は異なるのかと、考えさせられましたね。そこで私が学んだのは、造り手が味わいを押し付けてはダメで、飲み手が笑顔でおいしいと感じるものを選んでもらうことが一番大事ということです。そして、その笑顔が蔵の人間にとっては本当に何よりの喜びでもあります。もちろん味わいについてセールスさせていただくときもありますが、売り手主体ではなく買い手主体で「お客様に委ねる」という考えは大切だと思います。なので、私の飲み進め方はあくまで一つの参考として、皆さん自身の日本酒の楽しい旅を作られてください。

妊娠・出産を経て、授乳後に飲んだ⽇本酒の感動は忘れられない

加藤:私は「オルタナティブ」という言葉が好きなんですが、基本的にお酒は、蔵・造った年・タンク・詰めた瓶ごとに味が違い、二度と同じものはできない唯一無二の作品です。それぞれが、一点物の「芸術品」に近いものには、何とも言えない魅力を感じてしまいます。

そして、そのような大量生産の既製品ではないオルタナティブな一品を、世の中の人が受け入れて楽しめるかは、社会の成熟度を測る一つの指標なのだと思っています。先ほど日本酒と食事とのペアリングを教えていただきましたが、一方で個人の味覚には差があるし、味覚自体もその日の体調や年齢や気分でも変わると思います。オルタナティブな日本酒をどう楽しんでいくのか、私自身も向き合いたいところです。

大西:人の味覚が変わっていくという話でいいますと、私は妊娠・出産というタイミングで、色々な人から「味覚が変わる」と聞いていました。日本酒を扱うことが天職と思っていた私ですが、妊娠中と授乳中の2年間はアルコールを口にしなかったので、本当に味覚・体質が変わって、日本酒が嫌いになったら私の人生はどうなるのかと、すごく不安でしたね。

産後に初めてお酒を飲むときの一杯目には、元々勤めていた蔵の一番好きな純米大吟醸を選びました。本当に緊張しましたが、一口飲んで慣れ親しんだそのお酒を「おいしい」と心から感じることができ、また日本酒の仕事が続けられる、これで本当に一生の仕事にできると確信しました。でも味覚が変わっていたら、また新しい好きなお酒を見つけにいっていたかもしれませんけど(笑)。

加藤:天職に就けていると思えることは、本当に幸せなことですね。今は、そんな大好きな日本酒を世界に広めるお立場として、Miss SAKEの代表を務められているわけですね。日本酒を飲まれたことがない方、特に馴染みの薄い外国人の方などに、日本酒をどう説明されているのか、とても興味があります。

大西:そうですね、例えば、ワインについて詳しい方に日本酒を説明することは、割と簡単です。それは醸造酒の特徴や、味わいや香りの表現などが頭に入っていらっしゃるからです。

例えば、軽めかつ爽やかで、酸味があって飲みやすいタイプの日本酒は、「ブドウ品種であるところのソーヴィニヨン・ブランの位置付けで考えてください」と説明すると、すぐに理解していただけます。純米の少しこってりとした味わいや重さがあるものであれば、「カリフォルニアの温暖な地方で作られた、少し樽の香りが効いた重めなシャルドネの位置付けで考えてください」というと伝わりやすいです。ワインが好きな人は味や香りを楽しむことがお好きで、そもそも勉強熱心な傾向があるので、外国人の方でも日本酒にハマると、そのハマり具合も素晴らしいんですよ。

⽇本酒の世界80億⼈への浸透はまだ1合⽬

加藤:さて、次は日本酒のグローバルビジネスについてお話しさせてください。日本人は語学が苦手な人が多く、売るための仕組み作りであるマーケティングも得意とは言い難いと思います。一方で、日本食がこれだけ世界で一般化している昨今、日本酒のポテンシャルは無限大です。Miss SAKEは日本酒が世界で80億人に親しまれることを目指して運営されていると思いますが、海外への日本酒の浸透は登山に例えると、現時点で何合目ぐらいとお考えですか。

大西:おっしゃる通り、日本酒のグローバル展開には素晴らしい可能性が広がっていると思います。私達の社団の顧問には、日本酒の輸出をスタートさせた第一任者の方が多くいらっしゃいますし、国の政策的な後押しがやっと始まったという思いもありますが、まだまだ1合目ですね。Miss SAKEは、2015年のミラノ万博の日本館の展示から本格的に国際化のお手伝いをさせていただき、その後の5年間は順調に進んでおりましたが、コロナ禍で一旦はすべてがストップとなってしまいました。ただ、過去の蓄積もあるので、ここから三合目、五合目までは加速力があるのではないかと思っています。我々Miss SAKEは様々な形でお手伝いをしますが、公的団体と共に影響力のある国外イベントへの参加などを通じて、業界全体の底上げに尽力したいですね。

加藤:世界を見渡しますと、酒類業界はここ数十年で激動しています。まず、多くの国で自国を象徴していた酒類の消費量が大きく減っています。例えば、フランスでは一人当たりのワインの消費量は過去30年で半減しました。同様に、ドイツではビールの一人当たり消費量が3割減り、日本の日本酒の消費量も約20年で半減しています。つまり、各国の酒類産業は世界のマーケットに向けた活動を進めないと産業自体がなくなってしまうような急激な変化を経験しているということです。

一方、これは自由貿易の下で他国から新しい飲み物が輸入され、消費者の楽しみが多様になった結果でもあります。消費者の選択の自由や多様性は社会の成熟度を測る尺度でもあり、世界は着実に前へ進んでいるともいえます。一方、ワインでもビールでも日本酒などの素晴らしい文化を守っていくことも極めて大事なことだと思います。日本酒を伝統工芸としてではなく、産業として次世代に繋いでいくには、自国という限られた人口をターゲットとするのではなく、その100倍規模の世界80億人の世界市場へアクセスしていく触媒とアイデアが必要です。その点で、Miss SAKE様の活動は社会的価値が高いものと感じます。

大西:日本酒の輸出額は年々増加しており、その単価も大きく高まっています。今や生産額の約1割が海外向けとなっていますが、本当にまだまだこれからの段階です。コロナ禍で難しかったコンテナの確保というボトルネックがなければ、足元でも輸出量や輸出金額はもっと高まっていたと思いますし、業界にいる我々としては、これからが勝負だという想いです。

⽇本酒業界は外国資本の活用や職人の育成という課題に向き合うことが重要

加藤:ところで、日本で製造したお酒を海外に輸出するだけでなく、海外に酒蔵を設立することも日本酒をより世界へ広げるという点では、大切な要素ではないかなと思います。日本でも、洋酒であるワインやウイスキーの生産拠点は数多くできており、それが日本の洋酒の消費量増加に貢献している。その点について、大西さんはどういった考えをお持ちでしょうか。

大西:まだ大きなニュースにはなっていないだけで、海外の現地で収穫された日本米や、現地の水で日本酒をつくるプロジェクトは、水面下で色々と出てきていますよ。もちろん日本国内にある既存の蔵の質を守り、高めていくことは大切ですが、海外で日本酒蔵が続々と設立され、現地でその啓発の根が張ることは、加藤さんがおっしゃるように産業の裾野を広げる上で大切な要素だと思います。

外国の人々が地元産の日本酒に親しめることは、本場の日本で作られた日本酒を飲むために日本へ行ってみようという動きに繋げることができるようにもなるでしょう。日本人が、海外旅行の行き先地として、ボルドーやナパバレーでワイナリー巡りをするのと一緒ですね。後ほど具体例をお話ししますが、海外に蔵が増えていくことは、既存の国内蔵の生産量が減る要因にはならないと考えています。より広く長期的な視点で産業全体を見ていくことが求められていると思います。

加藤:日本の蔵でも海外向けの高級大吟醸に経営資源を集中していくというモデルは、この20年ぐらいで成功例も出てきましたよね。車などの日本の製造業は、1980年代から自国産に拘らず、海外工場を積極かさせて競争力を維持してきました。日本酒業界でも同様の動きは必要ですし、それが最終的に日本の蔵のブランドパワーを高めていくというサイクルを作り出せるかどうかですね。

大西:我々は現在、アジアのある国の現地資本が保有する土地に日本酒蔵を建造し、そこで日本酒を流通させるプロジェクトのお手伝いをしています。日本からは若手の蔵人や日本酒作りに通じている人を招聘して、現地の人に日本酒の作り方を教え、日本酒を広めてもらうというものです。このような取り組みは、世界各地で日本酒を愛し親しみを覚えるコア人材の育成を促し、現地での一大マーケットの創造を成し遂げる一つの方策だと思っています。そして、それは本場の日本からの輸出の増加にも大きく貢献することでしょう。

この取り組みにおいての、現在のボトルネックは海外に出向いて現地の若手を育成する30代、40代の技術者、すなわち蔵人の手当てです。まだ実現できていませんが、そのような海外で活躍できる若手の技術指導者を、年間に何十人か輩出できるサイクルが形にならないかと願っています。きちんとした技術の上で、世界のローカルに根ざした面白い日本酒が出てくることを楽しみにしています。

加藤:なるほど。これって、世界での日本食の普及に似ていますね。例えば、ニューヨークやロンドンに行くと、ほとんどの寿司屋は日本人ではないアジア人の板前さんが寿司を握っています。しかし、それで日本の寿司の文化やブランドが崩れているかというとそうではありません。むしろ、技術の高い職人さんが握る高級寿司店は予約の取れない店となり、日本ではちょっと考えられないような高い値段でセレブリティの方が日本食を食べたりしている。

大西:そうなんです。そして日本食が好きになった方は、わざわざ日本まで旅行をして、日本でお寿司を楽しんでいかれますよね。当然、日本の高級な日本酒も楽しんでいかれる。私は日本酒でもまったく同じことが起こると思っていますし、それが現在は経営が厳しい日本の蔵元を救う一つの解なのだと思います。

加藤:日本の寿司産業は、どんどん進化を遂げて、国内外の需要の好循環という点で歯車が噛み合ってきた感じはありますよね。回転寿司の存在や、外国人が板前の寿司屋を良く思わない日本人もいるかもしれない。ただし、世界80億人に「SUSHI」がより受け入れられ、日本の食文化のブランドバリューはより高まっているように思えます。日本酒業界でも、業界の方のマインドセットが変わり、それを支援する人達の応援を仰ぐことができれば、数十年後にまったく違う姿になっている気がします。

お話を聞いていて、海外資本の活用、現地での人材育成、日本での技術者の養成など、Miss SAKEがそれらを繋ぐ役割を果たしていく姿がイメージできてきました。お話しした壮大なビジョンが現実になると良いですね。応援させていただきます。

後編へ続く

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