スマートロックと不動産共通IDがもたらす豊かな社会とは(後編)

株式会社ライナフ 代表取締役の滝沢さんとWealthPark研究所所長の加藤が対談。後編では「不動産×IT」で生活を豊かにしていくために必要な鍵のデジタル化、そして不動産共通IDを推進する意義について深堀していきます。

株式会社ライナフ 代表取締役 滝沢潔(たきざわ きよし): 神奈川県出身。三井住友信託銀行にて資産運用相談、不動産投資セミナーの講師などに従事した後、不動産向けシステム開発会社の株式会社ライナフを設立。不動産投資を24歳から始め、4棟のビル・マンションのオーナーとなる。1級FP技能士、不動産証券化協会認定マスター、不動産テック協会代表理事。

WealthPark研究所 所長 加藤航介(かとう こうすけ)‐ プレジデント/インベストメント・エバンジェリスト:「すべての人に投資の新しい扉をひらく」ための研究、啓発のための情報発信を行なう。2021年より現職。

加藤航介のプロフィールはこちら

対談の前編はこちら

「不動産×IT」で生活を豊かにしていくためには、鍵のデジタル化は外せない

加藤:次に、不動産そのもののIT化について、幅広く、お話したいと思います。IoTを物件に装備させていく動きは色々あると思いますが、その中でも、やはり鍵はとても重要な要素になるのでしょうか。

滝沢:そうですね。「不動産×IT」で生活を豊かにしていくには、鍵のデジタル化は外せません。使用者に物理的に鍵を渡さずに済み、解錠・施錠の記録を残すことができれば、様々な人的サービスが受けられやすくなります。例えば、ベビーシッターや高齢者の介護のシーンなどに活用できるので、より良い社会に進むと思います。

昨今、インターネットショッピングの増加により、物流がすでにパンク状態なのはご存じかと思います。不在や宅配ボックスの有無に関係なく、玄関前に荷物を置けば良い「置き配」は、再配達の削減やCO2の削減の観点から、今や主流になってきました。ただ、ここでもボトルネックになるのはマンションの玄関のオートロックなどの、鍵なんですよね。そこで、これまで置き配の利用が難しかったオートロックマンションに関して、Amazon様、ヤマト運輸様とそれぞれ連携し、居住者が置き配を承諾していただければ、我々のスマートエントランス「NinjaEntrance」を無償で設置・提供させていただくサービスを開始しました。これでマンションのオートロックエントランスは、配達業者側のパソコンやスマートフォンで解錠できるようになるので、配達が大変に効率化されます。このサービスは東京のみならず、他の地域でも相当数の物件に導入されています。

不動産共通IDはなぜ必要か

加藤:「信頼」に直結する鍵に対しての新しいソリューションが、人々の生活を大きく変えていく姿がイメージできてきました。まさに「不動産×IT」で社会に豊かさや幸せをもたらしている事例ですね。さて、ここからは不動産共通IDについてもお伺いさせてください。官公庁主導のプロジェクトのオピニオンリーダーである滝沢さんが、どのような問題意識で当案件に関わられてきたのか、ぜひお聞きしたいです。

滝沢:不動産共通IDについては、その必要性から話していきましょうか。問題です。例えば、LINEに登録しているAさんとFacebookに登録しているAさんがいたとしましょう。これらが同一人物か否かを照合したい場合、必要な情報は何だと思いますか。

加藤:メールアドレスと電話番号でしょうか。

滝沢:さすがは、IT企業の方ですね。正解です。多くの場合、メールアドレスはアプリの登録に、電話番号はSMS認証に使われていますよね。逆にIDとして使われないのは、名前と生年月日などです。同姓同名や同じ生年月日の人が多く存在することも理由の一つではありますが、それ以上に、「サイトウ」や「ワタナベ」といった同じ名前でも漢字が多岐にわたり、文字列が一致しているかを認識することが難しいためです。ところが、不動産を特定しようとする場合、一般的には住所が使われます。この住所の文字列はとにかく表記に揺れが出るため、本当に一致しているかが分からず、複数の情報を連携させることができないのが現状なんです。

余談ですが、昨年末に、ある企業が芸能人の名前の一字の誤植について謝罪したというニュースを目にしました。「ニ」というカタカナが漢数字の「二」になっていたんですね。「ハ」と「八」もそうですが、カタカナと漢数字の間違いはよくあるので、住所が同一であることを認証するためには、今のような揺れのある表記では難しく、アルファベットと数字でつくられたIDが振られることが必要になるのです。

不動産共通IDは、不動産の価格や価値の向上につながる

加藤:具体例のご説明、非常によくわかりました。つまり日本の不動産情報、住所は揺れがある文字列で管理されているということですね。

滝沢:はい。住所には、その表記の揺れ以外にも大きな問題があります。それは住所自体の取り決めが、実は全く整理されていないのです。住所が発番される流れを説明しますと、何も建っていない更地の状態では地番だけがあり住所は存在しておらず、そこに建物を建て、登記申請がされて初めて住所が生まれます。ただし、その住所は、国や東京都、地番を管理している法務局には把握されておらず、唯一、各市区町村だけが把握している状態となっています。そして各市区町村の住所の管理の方法は、しっかりデジタルでデータベース化しているところから、大きな地図に赤ペンで書き込んでいるところまで、もう本当にバラバラなんです。

国も何度か住所の一元管理を試みていますが、各市区町村の管理状況にあまりにも乖離があって、国の担当官が変わるたびにヒアリングしては頓挫するというのを繰り返しているのが、残念ながら今までの状況です。

加藤:なるほど。不動産共通IDへの障害がよく分かりました。ところで、滝沢さんはIDの社会へのプラスの影響として、何を期待されていますか?

滝沢:まず挙げられるのは、日本の不動産の価格や価値の向上ですね。日本とアメリカで不動産の価格形成や動向が異なる要因として、よく人口の話が持ち出されますが、実際のところは情報の透明性の違いだと思います。売買や修繕の履歴をきちんと遡れる建物が、日本には極端に少ないのです。現状のように、建物の履歴が残されない状態が続けば、海外と比べた日本の不動産価格はどんどん下がることになるでしょう。これは中古車マーケットでいう「レモンの原理」で、何らかのマイナスが潜んでいる資産は、ディスカウントされた安値でしか買い手がつきませんから。

不動産共通IDが整備され、建設や修繕、管理に関するすべての情報が結びついて可視化されれば、日本の不動産の価格は間違いなく上昇するでしょう。冒頭で加藤さんがご紹介されたように、不動産は世界においても日本においても、最大資産ですよね。透明性を確保し、この価値を上げることの社会的な意義は極めて大きいと思います。

不動産共通IDは、絶対なる覚悟で誰かがやり抜かなければならない

加藤:そう思います。だからこそ、滝沢さんは不動産テック協会代表理事として不動産共通IDの普及に邁進されていらっしゃるのですね。

滝沢:不動産共通IDについては、以前から様々な人が必要性を訴えていましたが、何度も頓挫してきました。それを見て、絶対なる覚悟で誰かがやり抜かなければならないと思い、私は全力で取り組んでいます。私利私欲を捨て、日本の不動産全体のために尽力することが求められます。正直なところ、かなり自分の時間を使っていますが、自社のライナフに直接的なメリットがあるわけではなく、使命感でやっている感じですね。

一方、誰が不動産共通IDを主導するとかは些細な問題ですので、最終的に優良な不動産共通IDが定着することが大切だと考えています。そしてその共通IDは、不動産産業と不動産テック産業に明るい未来をもたらす根本的なインフラとなるので、その日本と諸外国の差は必ず埋めなくてはならないと思います。

加藤:最大の資産である不動産の透明性が担保され、その価格が着実に健全に上がっていく土台があることは、国民や国自体の豊かさに直接つながるのは間違いないですよね。不動産共通IDについては、過去にデジタルベースキャピタルの桜井さんや、アンドパットの岡本さんともお話させていただきましたが、その長期的な重要性は誰しもが賛同するところと思います。

最後に、滝沢さんはWealthParkのアプリを使ってくださっているそうですが、不動産経営のプロから見て、我々のアプリやソフトは実際に役立っているのか、またこれからどう役立っていくことが期待されるか、教えてください。

滝沢:不動産の所有には大量の紙資料を伴うので、それらがデジタル化されるだけでもありがたい限りです。また、所有している不動産の情報がアプリ上で表示される姿を見たときは、不動産投資と金融投資が融合されていくような新鮮な感覚を覚えました。私も含めて、不動産投資をやられている方は、「銀行口座に毎年〇〇円ぐらいお金が貯まっていく」ぐらいの、かなりざっくりした感覚をお持ちのことが多いと思います。WealthParkのアプリがあれば、不動産経営の情報がリアルタイムにグラフで見られる訳で、これは大変良いことだと思います。

加藤:今日は貴重なご意見を沢山いただき、ありがとうございました。