スマートロックと不動産共通IDがもたらす豊かな社会とは(前編)

株式会社ライナフ 代表取締役の滝沢さんとWealthPark研究所所長の加藤が対談。前編では、社会を豊かにしていくために必要な不動産と情報技術の接合や、滝沢さんの不動産に懸ける想いや経歴、そして「スマートロック」の開発についてお聞きしました。

株式会社ライナフ 代表取締役 滝沢潔(たきざわ きよし): 神奈川県出身。三井住友信託銀行にて資産運用相談、不動産投資セミナーの講師などに従事した後、不動産向けシステム開発会社の株式会社ライナフを設立。不動産投資を24歳から始め、4棟のビル・マンションのオーナーとなる。1級FP技能士、不動産証券化協会認定マスター、不動産テック協会代表理事。

WealthPark研究所 所長 加藤航介(かとう こうすけ)‐ プレジデント/インベストメント・エバンジェリスト:「すべての人に投資の新しい扉をひらく」ための研究、啓発のための情報発信を行なう。2021年より現職。

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これからの社会を豊かにしていくために、不動産と情報技術の接合は必須

加藤:今回は、株式会社ライナフの代表取締役である滝沢さんをお迎えし、「不動産がもたらす社会の豊かさや幸せ」についてお話できればと思います。滝沢さんは、ご自分が創業されたライナフ社の事業を通じて、不動産が本来あるべき価値を引き出すためのIoTソリューションを数多く生み出されています。また、不動産テック協会代表理事としても、不動産共通IDの普及に尽力されていますよね。これからの社会を豊かにしていくためには、不動産と情報技術をつなぐことは必須ですので、本日はそうした議論を深められることを楽しみにしておりました。

滝沢:ありがとうございます。加藤さんが持ってこられたお題、「不動産がもたらす社会の豊かさや幸せ」は壮大なテーマですが(笑)、不動産の社会的貢献を情報技術がどう進化させられるかについては、実体験を踏まえながら、お伝えできたらと思います。

加藤:ありがとうございます。さてさて、議論に入るに当たって、不動産と社会について、簡単に私の整理をご紹介させてください。

不動産は世界最大の資産であり、株式や債券、預金と比べても圧倒的な規模を誇っています。そして、農耕社会以降、2万年以上の歴史を持つ最古の資産でもあります。産業革命以前の数千年の間、人類の歴史の殆どは、不動産こそが権力や財力そのものであった時代でした。そして近代以降は、小作農の解放や、住宅ローンの整備などもあり、一般市民にも身近な資産になってきています。いつの時代であっても、この巨大な資産クラスである不動産の力を最大限発揮させられるか否かは、その国や社会の豊かさを大きく決めます。

足元、もしくはこれから暫くは、情報技術と不動産の融合と、不動産のグローバル化の深化が進みます。我々は、とても面白い変化の時代にいるのだとワクワクしております。

資産運用の専門領域として、不動産投資を選択

加藤:では、前置きが長くなりましたが、滝沢さんのご経歴と不動産に対する思いから伺えますでしょうか。滝沢さんは長く不動産業界にいらっしゃり、個人としても複数の不動産をお持ちの大家さんですが、過去からの経緯などを、ぜひ教えてください。

滝沢:私が不動産に向き合うようになったのは18歳頃でしょうか。当時、自分の人生の選択肢を増やす上で経済的自由を得ることが重要と考え、30歳になるまでに資産をつくり、起業をして、今でいうFIREの状態まで持って行くことをイメージしました。資産運用を学ぶにあたり、株式や外貨、FXにも挑戦しましたし、大学在学中にファイナンシャルプランナーの資格も取得するなど、幅広い知識を得ました。そして何か一つの分野をプロレベルまで極めるべきだと考えて、最終的には不動産業界を選択しました。不動産は株式やFXと異なり、非公開情報にこそ価値があります。業界に精通したプロになればなるほど、多くの情報を入手し、手腕を発揮していくことができますよね。また、株式で資産家になる人は大勢いらっしゃいますが、それは自身が起業した事業で成功を収めた方であり、株式の売買だけで成功している人はごくごく一部だと思っています。

不動産会社の中から見た不動産資産は、外から見ていたそれとは全く別物で、ここまでの「情報の非対称性」があるのかと大変に驚きました。開発側や売買側の情報に触れたことで、不動産の奥深さに気がつきましたし、2年間ほど業界を経験して不動産投資の骨格は一通り分かるようになりました。また、自分としての大きな変化としては、投資対象としてしか見ていなかった不動産そのものに、愛着を感じるようになったことです。ある上司に「生まれてきた不動産に罪はない」と言われたことがあるのですが、十分に活用されていない不動産があるとしたら、悪いのは不動産ではなく活用していない人間です。建物が老朽化したらお金をかけても修繕する、住人が見つからないのであれば、シェアリングといった別の利用法を思案するなど、生まれてきた不動産が輝けるように、人間が色々な工夫をしなければならないと考えるようになりました。この想いが、自身のライナフ創業の原点にもなっています。

空室活用のために開発した「スマートロック」

加藤:なるほど。不動産と関わるきっかけは資産運用の勉強であった訳ですが、その後、不動産に愛着を持たれた結果、今のライナフのプロダクトやサービスがあるのですね。

滝沢:はい。今のライナフの事業には、不動産会社時代の実務と個人的な不動産投資の両方の経験が、反映されています。例えば、弊社は「スマートロック」という着脱式の電子カギを提供しているのですが、これは、私自身の不動産投資の実体験に着想を得ています。リーマンショック直後の2009年、26歳で初めて一棟物件を購入して不動産投資を始めましたが、その後の2012年に4棟目として購入したビルでは、ワンフロアが埋まらずに苦戦したのです。その物件はフルローンで購入しており、数部屋が埋まらないだけでキャッシュフローが赤字となってしまうため、非常に気を揉みました。それで少しでも収益を上げる方法として、空室期間の物件を曜日単位や時間単位で貸し出すことを考えたのですが、そのためのボトルネックは鍵でした。そして、そのボトルネックの解決ができる商品・サービスとして「スマートロック」の開発に至りました。

「時間貸し」という概念自体はタイムズさんの時間貸し駐車場にヒントを得ています。タイムズさんは、月極駐車場が一般的だった時代に、いち早く時間貸しを取り入れて、建設前の一時的な空き地を活用させました。しかも、精算機とフラップ板の導入だけで無人運営を実現させ、小規模な土地や変形地でも駐車場として社会で活用することができるようになった訳です。同じ発想を不動産にも適用すれば、世の中の不動産はより活用され、社会は便利になると考えました。

不動産の価値は、突き詰めれば「その空間の利用権」にあると考えられます。空間に対する利用権を多くの人に柔軟に使ってもらえる仕組みを整えれば、不動産の価値は上がります。時間貸し駐車場も、ホテルも、漫画喫茶も、空間と時間を細分化して貸し出ししているわけですよね。その意味で、電子ロックは、利用権の時間単位の分割を可能にするツールだといえます。

空室活用から人々の生活の豊かさに、ビジネスの視点をシフト

加藤:個人的なご体験と他分野の成功例を、事業として形にされていく実行力が素晴らしいですね。不動産の価値を「空間の利用権」と定義した時、カギの役割はその中の財産を守るだけではない新しい価値を生みだすと思います。

滝沢:はい。ライナフは、情報技術のハードとソフトを合わせた本質的な付加価値を、不動産に提供します。一方で、「スマートロック」の提供を始めた当初と比べると、実は我々の注力テーマは大きく変化しているんです。

元々、「スマートロック」は募集期間中の物件でも時間貸しができる仕組み、つまり空室の活用による収益の増加に主眼がありましたが、発想が革新的すぎたこともあり、なかなか受け入れられませんでした。また、販促の過程で、空室が出る物件は築年数が長かったり、駅から遠かったり、立地が悪かったり、何かしらの理由があることも改めて理解しました。そもそも良い物件であれば空室はほとんど出ません。例えば、都心のマンションの空室率は5%を切っています。

こうした気づきもあり、「スマートロック」のサービス提供は、空室対策というよりも、今の居住者の生活を豊かにすることへシフトしています。会社としても、居住者への注力がより社会への大きなインパクトを産むと考えるようになりました。もともとライナフという社名の由来は、ライフをイナフに、つまり生活をより充分なものにしていくことでしたので、正に我々が進む道であるとも思います。よって現在、「スマートロック」は、置き配や家事代行といった住む人の視点に立ったサービスを中心に展開しています。

後編へ続く