約370年の時を経て機運が高まる「江戸城天守再建築城プロジェクト」。
インバウンド消費が日本経済の屋台骨となりつつある中、東京オリンピックや大阪万博のような一時のイベントとは一線を画す、日本を長期に支える壮大な計画だ。2040年頃には日本の新たなシンボルとなりうる江戸城再建プロジェクトの全貌を取材した。
※本記事は、2025年11月23日に東洋経済オンラインに寄稿された以下の記事群の前編の元原稿となります。
前編:実現が見えてきた?「江戸城天守再建」プロジェクトの全貌「3つの魅力」は?「3つの懸念」に対する回答は?
後編:「いったい何兆円の経済効果…?」「インバウンドはさらに増える?」”江戸城天守再建”プロジェクト「投資のプロ」の驚きの見方
日本の未来を構築するプロジェクト
「江戸城天守再建は、日本の未来の世界観を構築するプロジェクトです。それを民意の寄付と財団法人で進め、この先1000年の日本の力としたい」
秋の皇居が目前に広がる東京駅近くのホテルのカフェで、現在、江戸城天守の再建プロジェクトを推進する鈴木智博氏は力強く語った。
江戸城天守を再建築すると聞くと、それは非常に大それた夢物語のように聞こえる。「技術的にも社会的にも、そんなことはおいそれと不可能ではないのか?」と多くの方が感じるだろう。
私もその一人であった。しかし、同プロジェクトの中心メンバーから話を聞くうちに、考え方を変えざるをえなくなった。
過去20年超に及ぶ地道な調査と研究の蓄積、再建を進めるうえでの課題の整理、一般の寄付金を土台とする事業計画、事業の驚くほどの高収益性と経済波及効果。何より中心メンバーの歴史や文化を深く考える情熱は、大いに心を動かされるものであった。
プロジェクトの詳細に先立ち、まずは江戸城の歴史について、簡単に振り返ってみよう。
江戸城は、徳川幕府が発足してから50年ほどが過ぎた1657年、江戸の街の大半が焼けた江戸時代最大の大火事「明暦の大火」により焼失している。当時は4代将軍徳川家綱の治世下、城よりも民の生活が優先され、御殿ではない天守の再建は「当分の間は延期」と決定された。
その後、天守の土台となる石垣部分(天守台)までは再建されたものの、幕府の財政難と木材不足により上物の天守の建築は進まず。城の建築は、現代の古建築の研究者によれば「土台7割、上物3割」と言われているという。つまり、再建は7割のところで止まったことになる。

焼失から350年でついに動き出す天守再建計画
それから200年が経ち、大政奉還がなされて時代は江戸から明治に移る。徳川幕府のシンボルである江戸城の再建が世論となることはなく、むしろ日本で多くの城が取り壊された。第2次大戦後は、日本軍の屈強さを支えた武士道のシンボルとも言える城の再建を、GHQが許すはずもなかっただろう。
天守再建の機運が高まったのは、焼失から約350年を経た平成に入ってからである。財界人を中心に「江戸城再建を目指す会」(のちに「江戸城天守を再建する会」と改称)が発足、特定NPO法人となって、歴史の整理や築城への調査が進められた。
幸いにも、天守は当時の設計図が現存しており、また現在の天守台の上に建築することが可能であることがわかって、その総工費や経済効果などが試算されていく。さらに2010年以降は、観光立国の掛け声の下でインバウンドという新たな一大産業が生まれ、事業の収益性見通しが大きく向上していく。
近年では、世論喚起を目的とした一般社団法人IKIZAMAが設立され、25年12月には「江戸城天守再建築城シンポジウム2025」も実施される。LINEヤフー会長の川邊健太郎氏、ベネッセホールディングス会長の福武英明氏、元スクウェア・エニックス米国法人社長の岡田大士郎氏、そして実業家のホリエモンこと堀江貴文氏など、経済界を巻き込んだダイナミックなイベントだ。
では、25年の令和の今日において、江戸城天守を再建する魅力はどこにあるのだろうか。
令和の今日、江戸城の天守を再建することで、3つの魅力が浮かび上がってくる。
【魅力①】世界に向けて日本のアイデンティティを示すシンボルに
世界の人から見た日本のシンボルとは何だろう。生成AIに尋ねてみると、「東京タワー」「富士山」「新幹線」などが挙げられる。
一方で他の国を見ると、フランスならベルサイユ宮殿、イギリスはバッキンガム宮殿、中国では紫禁城など、誰もが知っている歴史的な建築シンボルが存在する。
江戸城が再建された場合、その高さは現存天守で最も高い姫路城をしのぐ約60m。19階のビルに相当し、日本最大の歴史的木造建築物となる。観光客が圧倒的に多い東京の中心にそびえ立つ、日本のソフトパワーを支える代表的なシンボルになることは間違いないだろう。
年間500万人の来場も見込める観光スポットに
【魅力②】事業としての高い収益性と経済波及効果
天守築城の予算は550億円に対し、収益は年300億円、維持費は50億円を、プロジェクト推進側は見込んでいる。
12年に開業した東京スカイツリーでは、現在年間に約500万人の観光客が訪れる。これと同程度の来場者数に入場料3000円、そしておみやげなどの来場者消費が加わることが試算される。
今後、政府目標を目指してインバウンド旅行客が増加したり、現在その機運が高まっている外国人向けの特別観光価格などが設定されれば、その収益性はより高まるかもしれない。
ところで、収益は見込めるとして、そもそも建築する予算はどうするのだろう。

江戸城天守の再建プロジェクトを推進する鈴木智博氏
建築資金の資金調達の中心は民間の寄付、その後は非営利の財団での運営が構想されている。
一方で、もしも純粋なビジネスとして、一部借入を踏まえた投資案件として考えれば、わずか数年で初期投資の回収が終わるであろう、普通の不動産案件では考えられないぐらいの優良案件と言える。
仮に江戸城が上場REIT(上場不動産ファンド)となれば、時価総額は優に数千億円以上となり、日本で5本の指に入る規模感にもなってくるだろう。
経済波及効果は1000億円との試算を、13年に日本経済研究所が示しているようだが、これはインバウンドが盛り上がる前の数字であり、かなり控えめにも思える。
そもそも、オリンピックや万博などと違い、その波及効果はより長期にわたり継続する可能性が大きいだろう。
【魅力③】日本文化の継承と価値の創出
江戸城天守の再建は、完全な木造で計画されている。コンクリートの城は、一般的に50〜60年で耐用年数を迎えるが、木造天守の耐用年数は修理を重ねれば1000年という。
実際、1000年を超えて現存する法隆寺や薬師寺などの木造建築は、木の国日本の象徴であり、その文化的・建築的な価値は極めて高いだろう。
伝統技術の継承を担う役割も
これに関連して、存続が危ぶまれている宮大工の技術と伝統を、未来に継承できることは大きな魅力に映る。
釘を使わずに木と木を組み上げて建物を作る日本古来の工法を伝える大工数は、現在150名まで減少しているとのこと。この江戸城天守再建プロジェクトが、日本の伝統建築技術を継承するかなめになることが期待される。
江戸城の収益は、日本の文化や伝統工芸などの技術の継承や、日本各地の城郭修復や木造再建など、歴史的な建築物を再建築する費用に充てるという構想もある。
江戸城を皮切りに、例えば安土城、八王子城が建てられ、数十年もすると歴史の教科書にある城が日本各地に勢ぞろいする近未来が描ける。こうなると、古城が観光資源となっている世界的な観光地、ドイツのロマンティック街道どころではないのかもしれない。
数字では表せない無形資産、歴史と伝統などのソフトパワーが力を持つ時代である。上海やドバイやシンガポールなど、近代的で人口的な街ももちろん魅力だが、日本には他国が真似できない歴史と伝統がある。江戸城再建の先には、そのような日本の魅力に世界中の人が触れ、日本の価値が大きく高まる未来を想像せざるをえない。
「本当に再建できる?」浮かぶ数々の疑問
一方で、江戸城天守再建に対する懸念の声もある。回答と共に整理してみよう。
【懸念①】現在のありのままの姿を維持するべきで、再建は歴史の軽視ではないか
一理ある意見に思える。
一方で、たとえば現在の大阪城天守は民意(大阪市民からの寄付)により、1931年に再建されている。空襲で焼失した名古屋城天守も59年に、小田原城天守も60年に再建された。
それぞれの城は再建の形はどうあれ、現在、各地のシンボルとして住民の誇りとなり、地元の経済を大きく支えている。城の再建は歴史を軽視しているのではなく、むしろ次世代を担う地域の子供らが地元の歴史を学ぶ機会を提供するなど、歴史の継承に大きく貢献しているようにも思う。
【懸念②】建築基準法に違反する
かつて、高さのある木造建築には厳しい制限が課されており、事実上、木造では3階までの建築しか認められていなかった。十数階のビルに相当する江戸城天守を、木造で建築することは本当に可能なのだろうか。
実は現在、木造巨大建築物への常識は足元で大きく変わりつつある。制度改正や技術革新により、一般の木造建築物でも性能を証明すれば3階以上でも建築を許可する方向へと舵がきられており、2025年以降は50mを超える木造ビルの建築が日本でも相次ぐ予定である。
また、愛媛県の大洲城のように歴史的復元や文化的価値を前提とする「適用除外」「特例措置」がなされる例もある。
ただし、江戸の大火事で焼失した江戸城の再建では、安全性や防火性などについての万全が強く求められるだろう。
【懸念③】御所を見下ろすことになる。また建設を宮内庁が許可するのか
江戸城天守から御所までは、豊かな森に挟まれて650mの距離がある。近隣の丸の内、大手町では2000年以降、40階を超える高層ビルの建築が進み、御所の安全性確保には様々な前例が蓄積されてきたように思う。
しかも、天守再建の計画においては、江戸当時の慣習にならい、西の丸と本丸の御殿があった西側と南側の窓は閉鎖され、御所が見下ろされることはないとしている。
また、御所にも近い江戸城の北の丸に立つ日本武道館は、1949年に宮内庁の敷地が厚生省(当時)に移転されて「国民公園」とされた土地に建設された。このような文化的活用の流れの中で、江戸城再建も十分に対話と調整の余地があると思われる。
順調に行けば、2040年頃に江戸城天守再建へ
江戸城天守再建に向けた、今後のタイムスケジュールを見てみよう。
まず請願署名30万人を集める計画だ。これは、1964年の東京オリンピックに向けた首都高速工事で失われた「日本橋」の空を取り戻す、首都高速地下化のために集められた署名の数である。日本橋上空の首都高は、2040年の撤去完了に向けて地下化の工事が進んでいる。
続いて、勉強会で広く意見を募り、具体的な計画を固めた後は、財団法人が設立され、資金調達から建設へと進む流れとなっている。
順調にいけば、日本橋首都高速改修終了と同じタイミングの40年頃には江戸城天守を見ることができるだろう。
いつの時代においても、人々の意思で未来は創られていく。そして新しい挑戦こそが明るい未来を作る。確かに、江戸城天守再建が生み出すのは金銭的価値だけではないだろう。日本の誇り、文化的アイデンティティ、教育・学習機会を提供する、未来を担う世代への文化の贈り物ともいえるかもしれない。
歴史の想起、文化の継承、寄付や財団の利用、無形なる資産の未来への創出。非常に楽しみな構想であり、私個人としてもこのプロジェクトを応援したいと思わされるのである。

江戸城(現在の皇居)平川門前にて