【寄稿】日本における資産形成のWHYを見つめ直す(第3回)

【寄稿】日本における資産形成のWHYを見つめ直す(第3回)

WealthPark研究所 所長 加藤航介が「ニッキン投信情報」に「日本における資産形成のWHYを見つめ直す」(全5回)を寄稿しました。今回は第3回目をお届けします(2022年10月24日号掲載)。

第2回目はこちら

資産運用の目標の一つは自身の世界における購買力を維持していくことだ。今回は、海外の資産を持つ重要性の点から、資産形成のWH Yを考えてみたい。

■ 先進国の購買力低下という現実

皆さんは、自分の年収を日本人の平均年収と比べたことはあるだろうか。多くの方は、自分が属する業界や、同年代の年収と比べたことがあるかもしれない。その一方、世界80億人の中で自分の所得がどの程度なのかを考えられたことはあるだろうか。2020年、日本の1人当たり GDPは430万円、対して世界平均は124万円で あり、これらを割り算すると、日本人は世界平均より3.5倍、所得が高い。

さて、この倍率は過去どのように変化してきたのだろうか。20年前の2000年時点での同倍率は6.1倍であった。その後、日本の平均成長率はほぼ0%に対し世界は約4%で、20年間の複利効果により同倍率は6.1倍から3.5倍へと低下した(図表1参照)。このような推移は多くの先進国でも同傾向にある。過去数十年、世界人口の過半を占める新興国は大きな成長を遂げ、世界における絶対的貧困の割合も劇的に減少してき た。1日当たり1.90米ドル未満で暮らす貧困層 は、1990年には世界人口の36%を占めたが、2018年には9%となり大幅に減少している。

先々はどうであろうか。国際機関や調査会社の多くは、今後数十年、世界経済は年率4~5%で成長していくことを見込んでいる。仮に今後 20年、過去と同様の成長率差が見られたとすると、同倍率は2040年に1.6倍まで下落、2060年頃には1.0倍となる計算になる(複利効果は長期で大きな影響を及ぼす)。

先進国の人々は、自分達の豊かさが相対的に落ちていく状況を、ただ指をくわえて見ているのか、何らかの施策を取るかの選択を迫られていると言える。そして、その重要な施策の一つは資産形成の国民への定着である。個人が資産形成に回すだけの資金を持つことは、先進国の大きな強みだ。先進国とは異なり新興国の人が月数万円を資産形成に向かわせることは大変に難しいだろう。

■ 世界経済の成長率と同等以上の利回りを得る

先進国の人々が、自らの金融資産の購買力を維持するという観点からみると、その利回りの及第点は、世界経済の成長率である5%程度が必要になる。そして、年5%の利回りを長期で得ていくことは、難しいことではない。世界株式指数に連動するパッシブファンドにアクセスできるからだ。現代社会の生産、所得、消費といった経済的要素は、株式会社がその中心をなしている。我々の多くは株式会社から給料を受け取り、株式会社で生産された商品やサービスを消費している。経済とは株式会社の集合体そのものである。また、資産の成長率が所得の成長率を上回ることも広く知られているところで ある。

■ 巨大な人的資産の国際分散という視点

さて、読者の皆さんは、顧客への金融資産のアドバイス時に、人的資産の国別配分を意識されたことはあるだろうか。こちらも資産形成の WHYを考える上で、重要なトピックとなる。 一般的に人的資産の額はかなり大きく、また安定資産と国内資産に偏っていることが多い。そして、金融資産を保有する理由の一つは、人的資産の属性のバランスを金融資産の運用で修正し、世界経済の中でバランス良く生きていくためにある。多くの場合、人的資産とは反対の属性の金融商品を持つ、という発想が大切だ。

人的資産とは、簡単に言えば、将来、その人 が得る収入(一般には給与と年金)の現在価値 である。年収500万円でこの先40年間働く予定の人の生涯年収は2億円となる。その現在価値は、 自賠責保険などの保障を計算するライプニッツ計数(民法上の割引率3%の現在価値計数)で求められ、この場合は1.1億円超が人的資産となる。なお現役を引退した後でも先進国の人々の人的資産はかなり大きい。それは年金受給権という確固たる財産権を持つからであり、例えば、 65歳時点で月15万円の年金を平均寿命まで約20 年受け取るとすると、総収入は3,600万円、人的資産額は2,700万円、夫婦で同条件の受給権があれば、家計の人的資産は5,000万円を超える額となる。

ここに、日本の学校で学び、日本で、日本語で、日本の顧客相手に仕事をしている公務員の Aさんがいたとする。このAさんの給料は日本の経済動向や労働市場に強く紐づいており、人的資産は100%国内資産だ。日本の雇用慣行は世界的にも極めて安定しており、また手厚い失業保険も存在するなど、人的資産は安定資産の性格がかなり強い。Aさんに対して、預貯金などの安定資産を積むようなアドバイスは合理的と言えないだろう。

安定資産と成長資産のバランスは、ライフサイクル仮説の文脈でよく紹介され、人的資産という安定資産が大きい若年期は、長期的には優良なリターンが見込める株式などの成長資産を保有すべきとされる。資産アドバイス時は、これに加えて国内と海外の資産バランスについても、よく考慮されるべきだ。多くの日本人の場合、仮に金融資産の全額を海外資産に移したとしても、人的資産の国内属性により、総資産の多くは未だ国内資産であることが多い。これを極論と思われる場合は、例えばスイスやオランダなど、経済規模が小さい国に住む人へ向けての資産運用アドバイスをイメージされると良い。自国のリスク資産を購入しましょう、というアドバイスにはならないはずだ。世界における日本の規模は人口で2%弱、経済で6%弱である(図表2参照)。世界全体を見ての真のバランスを取るという思考が大切になる。

なお、覇権国であるアメリカは、人的資産の国別属性の考慮をしなくても個人の金融資産の選択に大きな問題が起こらない例外的なケースと言える。一般的なほとんどの国においては、 人的資産の国別属性の把握と意識は、資産運用アドバイスにおいて大変に重要と言えるだろう。なお、人的資産の額には、個人の努力ではどうしようもならない不公平な側面がある。貧乏な国に生まれれば人的資産は小さく、裕福な国に生まれれば人的資産は大きい。また、国籍や住む場所などは個人の希望で簡単に変えられるものでもない。一方で、先進国における金融 資産の選択には、多くの場合は国別の制約が少 ない。個人の資産形成においては、動かしにくい人的資産の属性バランスを整えるために金融資産を活用していく、という視点が求められるだろう。

■ まとめ

我々が資産形成を行う理由の一つは、世界経済において相対的な購買力を維持するためである。人的資産を合わせた真のポートフォリオの 国別分散を、身軽な金融資産で整えていく意識、 そして長期で世界経済の成長率と同等以上の利回りを目指す意識が求められている。

第4回に続く

WealthPark研究所 所長 加藤航介(かとう こうすけ)‐ プレジデント/インベストメント・エバンジェリスト:「すべての人に投資の新しい扉をひらく」ための研究、啓発のための情報発信を行なう。2021年より現職。

加藤航介のプロフィールはこちら

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