日本における資産形成のWHYを見つめ直す(第4回)

WealthPark研究所 所長 加藤航介が「ニッキン投信情報」に「日本における資産形成のWHYを見つめ直す」(全5回)を寄稿しました。今回は第4回をお届けします(2022年10月31日号掲載)。

第3回はこちら

今回は、資産形成の国際化の視点を、資産側からではなく負債側からも考察してみたい。また、積立形式での個人年金作りを通じて「世界全体の将来世代に老後を支えてもらうことができる」という新しいマインドセットについて取り上げたい。

■ 負債の為替感応度より長期の資産リターン

金融機関の経営や年金基金の資産運用では、 資産と負債の金利や為替変化などへの感応度を一元的に管理するALM(アセット・ライアビ リティ・マネジメント)が用いられている。バランスシートの両側の特性を同時に理解することで、資産側の選択の最適な意思決定を行って いくことがALMの目的だ。この考えを個人の資産形成に利用していくことは有用だろうか。

日本は多くの先進国と同様に、衣食住やエネルギーに関する一次産品の多くを外国からの輸 入に頼っている。米のように自給率100%の財であっても、農耕機の燃料代や消費地までの輸送費など、国際エネルギー価格の影響を受ける。 日本企業の車やスマートフォンも、グローバルサプライチェーンの下、その一部または全部は海外で生産されたものだ。一生涯日本に暮らし続け、日本食と日本製品だけの生活を試みたと しても、海外経済の動向は日本人の購買力、生 活レベルに影響を与えている。では、我々の支 出、またはそれに関連する負債は、どの程度、 海外経済の影響を受けているのか。この推定は大変に難しいが、総務省の家計調査における住居費・食費・光熱費などの各項目の比重、過去の為替変化と物価変化(デフレーター)の関係、 円安時における政府の緊急支援策の規模(ガソリンや食料品などへの直接的な影響を補填)などを参考とすると、日本の一般家計の支出・負債の属性は「国内:海外=3:1」程度と考えておくべきだと筆者は推定している。これは円の価値が10%減価すると家計の生活レベルが1〜2%ほど下がるイメージだ(毎月50万円の支出の家計で月5,000円〜1万円程度の生活レベ ル下落 )。

ALMの視点で資産側のポートフォリオを負債側の属性にそろえておくためには、給料の4分の1は外貨で収入を得て(人的資産に関連)、金融資産の4分の1は外国資産で保有する(金融資産に関連)ことになる。そうなれば為替の変動に対して、生活レベルは影響を受けなくなる。

ただし、このようなALMから見た資産配分は、個人の長期の資産形成を考える上では、あまり意味がないものだ。当連載の第3回(2022 年10月24日号掲載)で見たように、世界と日本 の経済成長率格差が過去のレベルで継続すれば、2040年の世界の平均所得レベルは2020年の 1.4倍まで高まり、日本人の購買力は複利効果の分、大きく下落していく。結局、資産アドバイ ザーにおいては、短期での家計の支出・負債への為替の影響度を頭に入れつつも、世界経済の長期の予想成長率である年5%の利回りを資産側で求めていく視点がより重要と言えよう。

■ 老後を支える年金への新しいマインドセット

世界の平均寿命は伸び続けている。1950年に47歳であった世界の平均寿命は、2020年には73 歳となった。先進国の平均寿命はさらに5歳長 く、日本の平均寿命は10歳長い。日本の女性においては、その半数が90歳まで生きる真に長寿の国だ。このような長寿社会において、我々は 老後への備えである年金に関するマインドセットをアップデートしておく必要があるだろう。 かつて、自らの老後は自分の家族や親せきなど 「数人に支えてもらう」のが常識であったが、 それは1961年の国民皆年金制度が発足後、「1億人超に支えてもらう」へ変化した。そして、現在求められている老後へのマインドセットは 「世界80億人に支えてもらう」である。

この新しいマインドセットへの理解のため に、公的年金などの仕送り方式(賦課方式)と、 個人年金などの積立方式の仕組みについて、少し深く考えてみたい。この二つは拠出金がどの ようにプールされていくのかに着目して年金制度を分類しているものであるが、将来時点の人々により老後が支えられるという本質的な意味では、両者に違いはない。

単純化して一国の閉鎖された経済を考えてみよう。仕送り方式においては、現役世代を中心とした給料の一定の掛金や国の税収の一部などが、老後世代に年金として支払われていく。 そして、将来における年金の支払い能力とは、 将来時点の現役世代の所得水準や税収など、その国の経済力そのものに依存する。一方の積立方式においては、上場株、国債、不動産など、 社会における何らかの財産権が購入され、長期保有される。そして、それらの財産の将来の価値は、将来の民間・公的部門の価値、つまりこちらもその国の経済力そのものとなる。不動産の価値は国民がいくらの家賃を支払うのか、国債の価値は国民がどれだけ税収を収められるの か、株式の価値は国民の商品・サービスの購買力など、これら財産権の価値は自国の経済力に強く紐づいている。結局、どちらの方式にせよ、 数十年後の将来の年金支払い余力は、その国の将来時点の経済力に応じた水準に落ち着くことになる。

次に、国境が閉鎖されていない現実の社会を 考えてみよう。この場合も、将来時点の人々に老後を支えてもらうという点では、どちらの方式であっても変わりはない。ただし、財政や社会保険は国単位で運営されるため、仕送り方式 においては自国の経済力が年金の支払い能力を決める。一方、積立方式においては、購入される財産権に国境の制約はないため、購入した財産権に応じて年金の支払い能力は自国の経済力なのか、他国の経済力なのかが変化する。世界に幅広く分散投資し世界中の財産権を保有して いれば、自分の老後は世界全体の将来世代に支 えてもらうことになる。一方で、日本資産のみを保有する選択をすれば、仕送り方式と同じく、 自国の1億人に老後を支えてもらう形となる。つまり、資産選択によって、自分の老後を1億 人に支えてもらうのか、80億人に支えてもらうのかで変化するのが、仕送り方式には見られない積立方式の特徴になる。

さて、現在の我々は、人口80億人の世界の様々な財産権を、投資信託などを利用して容易に得ることができる。かつての外国資産へのア クセスや保有の制限、高額の手数料は、ネット証券やパッシブファンドの登場により大幅に取り除かれた。そして積立方式においては、税制優遇枠も用意されている。現在の現役世代は、 過去のどの世代よりも老後の年金を準備するに当たって恵まれた立場にいると認識している。

■まとめ

20世紀後半以降の、自由貿易の進展、ベルリンの壁崩壊、グローバルサプライチェーン、I T革命により、世界経済の結びつきは非常に強くなった。我々の老後の資金についてのマインドセットも、時代の変化に応じてアップデートしていく必要があるだろう。そして運用の長期目標としては、世界経済の成長率である年5%を長期で得ていくことが変わらぬ主軸になる。

第5回に続く

WealthPark研究所 所長 加藤航介(かとう こうすけ)‐ プレジデント/インベストメント・エバンジェリスト:「すべての人に投資の新しい扉をひらく」ための研究、啓発のための情報発信を行なう。2021年より現職。

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