日本における資産形成のWHYを見つめ直す(第5回)

WealthPark研究所 所長 加藤航介が「ニッキン投信情報」に「日本における資産形成のWHYを見つめ直す」(全5回)を寄稿しました。今回は最終回をお届けします(2022年11月7日号掲載)。

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前回まで、資産形成のWHYについて様々なトピックを掘り下げた。最終回では多くの顧客が無意識に不安を感じていると思われるトピックを三つ取り上げたい。

■ 日本人の海外投資は日本にとってマイナスなのか

クロスボーダーな経済活動の影響の解釈には、直感的な誤解が生まれやすい。確定拠出年金やパッシブファンドの普及により、多数の日本人による海外資産の保有が進む中、「日本人が 海外資産を増やすトレンドは日本を弱くし、キャピタルフライト(資本の逃避)をもたらす」 などの声も聞く。この疑問について三つの視点から考えてみよう。

1点目として、日本人が外国の株式、債券、不動産などを保有することは、外国から日本への長期的な配当、金利、不動産収入をもたらす原資となる。為替市場においては、足元の実需での取引量は全体の1〜2割程度であり、将来までを見越した様々な要因で為替レートが決まることを考えれば、外国資産を買う初期時点の円売り取引のみが為替市場で意識されるとは考えにくいだろう。

2点目として、日本人の外国資産の購入は日本の対外純資産を増加させる。 2021年末における日本の対外純資産は約411兆円と31年連続で世界一であるが、これはキャピタルフライトに見舞われた国とは真逆の特徴である。日本の個人部門が持つ対外資産は50兆円程度(個人金融資産約2,000兆円の3%未満)と推定され、日本は対外純資産をさらに増加させる隠れた伸び代を持っていると言えるだろう。

3点目として、外国資産への投資で日本の個人金融資産の投資利回りが上昇することは、日本の消費と経済成長力を高める。例えば、個人金融資産2,000兆円の利回りが継続して1%高まれば、毎年20兆円が日本人の資産額や消費へプラス効果をもたらし、これは円を強くする要因となる。日本の国富はその7割強を個人部門(家計)が保有しており、日本人が自身のバランスシートで保有する資産が優良になれば日本は強くなり、その逆もしかりである。通貨の強さとは、 国民の自国資産への盲目的な嗜好度の高さではなく、保有する資産の優良度に依拠するということが原則であろう。

関連して「日本人は自国の企業へ消費や投資を向かわせるべきだ。それが日本の豊かさにつながる」という声も聞かれるが、これも同様に視野の狭い考えだ。21世紀を生きる我々に求められるのは、「自身が所属している企業の製品・ サービスの質を上げること」と「自身の資産ポートフォリオの質を高めること」の両者である。前者は給料所得の上昇を、後者は財産所得の上昇を促し、国を豊かにする。他国での外国製品の不買運動のニュースを見るたびに思わされるが、ナショナリズムもしくはモラトリアム的なマインドセットは、それが消費であろうと投資であろうと自国の豊かさに貢献しない。

最後に、外国から日本への投資についても考えてみよう。外国から日本への対内直接投資は、 経済規模比で世界190位程度と非常に少ない。日本でビジネスをしたい、日本の資産を買いたいなど、日本経済を活性化させ日本資産の上昇をもたらす「世界80億人からの日本への投資」をほとんど受けられていないのが現状である。日本での外国からの企業活動や土地利用において、安全保障の問題を手当てした法律は既に整備されている。また、日本で働きたい、日本で暮らしたいという想いを受け入れ、世界の人的資産を自国に取り込んでいく活動についても積極化が求められると考える。

当連載の第2回(10月17日号掲載)でも取り上げたが、国民がグローバルへの双方向な投資に無関心である国に、豊かな社会が訪れることは難しいが、上記で見たようにクロスボーダーなトピックは、直感的な誤解から本質が見失われがちでもある。顧客が豊かさを得るための正しいマインドセットの啓発も、資産アドバイザ ーの重要な務めであろう。

■ 投資や資産運用は格差を広げるのか

自由経済の運営には、ある程度の格差があることは必要である。一方、格差が開きすぎることは社会を不安定にさせ、時に紛争の引き金となるなど、人々の全体の幸福度を下げる。では、 投資や資産運用は社会の格差を広げ、人々の幸福度を下げる悪なのであろうか。結論を言えば、 それらの問題は投資自体にあるのでなく、そのアクセスへの不平等や分配機能にあると考えら れる。

まず、一部の富裕層だけしか投資を通じて経済成長の果実を受け取れない状態は、積極的に修正されるべきだろう(機会の平等の担保)。個人型確定拠出年金(iDeCo)や少額投資非課税制度(NISA)に見られるような幅広い市民が使いやすい少額投資制度は、広く進められていくべきだ。また、投資に対する知識やマインドセットというソフト面の改善も大切であ ろう。過去数十年、世界の国々は公共教育において資産運用に関するリテラシーとコンピテンシーを高めるための活動を積極化させ、日本でも22年より高校の家庭科に金融教育が正式に取り入れられた。そして、ハード面においても、 不動産や未公開株式やアートなどのオルタナティブ資産の民主化は、今後、大きく進んでいくことになろう。

次に、自由市場経済では成功と失敗が必ず伴うため、格差の開きと固定を抑えるための適切な所得の再配分の仕組みが必要である(結果の不平等の修正)。既に各国では様々な税制や社会保険、セーフティーネットが運営されているが、 我々が新たに向き合わなくてはならない社会課題も存在する。①グローバルなテック企業や富裕層のタックスヘイブンを通じた行動、②金融資産や不動産からの財産所得の税制に累進性がないこと、などに向き合わなければ、人々の日々の活動や努力が社会の幸せの総和を高めることにはならないだろう。

結局、投資自体は社会の成長や豊かさの源泉であるし、自らの人生に資産形成を適切に実装した個人は経済的にも精神的にも豊かさを高める。資産アドバイザ ーとしては、投資の周辺の問題を社会に啓発するエバンジェリストであることも大切になるだろう。

■ ギャンブルと投資の違い

最後に、ギャンブル(投機)と投資の違いについても、簡潔に述べておきたい。良き資産アドバイザーは、顧客に適切で優良な投資を推奨する一方で、不要な投機の誘惑から顧客を遠ざけることが求められると考える。

投機と投資の違いは、2点に集約される。1 点目は、その行動の時間軸が短期なのか長期なのか(投資と言えるのは最低でも3年以上)、2 点目は参加者の利得がゼロサムなのかプラスサムなのか、である。ギャンブルは一般的に非常に短期で勝ち負けが決まる。麻雀なら30分、競馬なら数分で決着が付く。そして、自分以外の誰か損をしないと(損をさせないと)自分が利益を上げることができない。短期に、他人から 奪う活動が投機の性質である。

一方の投資は、 少なくとも3年以上の視点をもった長期の意思決定だ。投資した先の原資産が経済的な富を作り出した結果、その一部が投資リターンとして 後に還元される。自分がリターンを得るために は、投資先が豊かにならなくてはならない、つまり投資家と社会が同じ船に乗っているという点で、ギャンブルと投資は真逆の性質がある。

金融市場に流動性を与えるために投機家の 活動を擁護する主張も、一度、疑ってみるべき だろう。プロ同士が日々の資金を融通し合う短期金融市場ではそうかもしれないし、流動性の 向上が資産価格を押し上げる効果はあろう。一 方、事業や実生活に紐づく株式や不動産への投資で、毎日、毎分、毎秒の値付けがされる流動 性が投資家目線で必要なのかには多いに疑問に感じる。原資産が運営されているタイムホライズンと明らかに乖離した、金融業界の都合による流動性は、投資家を「同じ船」から下船させ投機家へと変貌させてしまう。金融市場とは、 あくまで経済の成長や人々の資産形成における公器であるという意識が大切であろう。

■ まとめ

本連載では5回にわたり、投資や資産形成の WHYについて取り上げた。本連載で取り上げた具体的な内容を簡単に振り返っておきたい。

第1回: ゴールデンサークル理論と新規顧客の啓発

人の心に刺さるコミュニケーションはWHYが大切である。今まで資産形成に参加をしてこなかった層の啓発をするに当たっては、投資のHOWやWHATの前にするべきことがあるだろう。

第2回: 資産運用は、勤労・納税・教育と同 様の必須の社会参加なのか

選挙、 資産運用、ボランティアなど、日本で義務とは受け取られていない社会参加が社会により深く入り込んでいる国・地域も多く見られる。より成熟した社会にはより多様な社会参加が求められるだろう。納税と選挙は国境の制約を受ける反面、勤労と投資はその制約がかなり取り払われている。

第3回①: 日本と世界における相対的な所得 水準の長期変化

日本と世界の平均所得差は、過去20年で6.1 倍から3.5倍まで縮小しており、20年後には1.6 倍まで縮小する可能性がある。先進国が世界における購買力を維持するためには、国民全体へ の資産運用の定着が重要になる。目指す長期利回りは、世界経済全体の予想成長率の年5%と なる。

第3回②: 人的資産の国際分散を修正する重要性

多くの日本人の人的資産は日本資産であることを認識し、金融投資による真のポートフォリオの国際分散の修正が求められる。また、年金の受給権も大きな人的資産である。

第4回①: 家計の負債サイドの特性と資産運用

個人においては、資産と負債の為替影響度を 短期的にニュートラル化させることに努めるのではなく、あくまで資産側で適当な長期利回りを得ていく視点が重要である。

第4回②: 世界の将来世代から仕送りを受ける仕組み

賦課方式と積立方式のどちらでも、将来世代に老後を支えてもらうという本質に差はない。 ただし、積立方式においては、自国だけでなく世界に自身の老後を委ねることができる。老後へのマインドセットは、家族や自国の将来世代に支えてもらうから、世界80億人に支えてもらうに変化するべきだ。

当連載で取り上げた資産形成の本質が資産 アドバイザーの皆さまの新しい知識や話の引き 出しとなれば幸いである。我々の投資に対する本質的な見識の広さと深さが、人々と社会の豊かさと幸せを紡いでいくと考える。

WealthPark研究所 所長 加藤航介(かとう こうすけ)‐ プレジデント/インベストメント・エバンジェリスト:「すべての人に投資の新しい扉をひらく」ための研究、啓発のための情報発信を行なう。2021年より現職。

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