WealthPark研究所 所長 加藤航介が「ニッキン投信情報」に「日本における資産形成のWHYを見つめ直す」(全5回)を寄稿しました。今回は第2回をお届けします(2022年10月17日号掲載)。
(第1回はこちら)
社会とは人々の集まりであり、人々の参加により社会が成り立っている。資産運用はお金を社会に参加させる活動だが、これは我々の社会の豊かさのために重要なのだろうか。今回は、 資産運用の社会的な側面から、資産運用のWH Yに迫ってみたい。
■ 多様な社会参加と社会の豊かさについて
日本の憲法では、勤労・納税・教育という三 つの社会参加が国民の義務とされている。個人は働くことで所得を得て、他人が生産するモノやサービスを消費して生活をする。また、読み書きや計算などの基本的な教育を受けることは人の生産性を高め、社会の所得水準を上昇させる。納税は、社会インフラ整備への原資となり、 人々の豊かさに貢献するという訳だ。この三つを義務と規定するかは、世界各国の文化的背景により様々である。
次に思いつく社会参加は、政治への参加であ る選挙であろう。自分達のリーダーを選んだり、 モニタリングする活動である。世の中を良くしたいという想いを持つ新人候補者に一票を入れ たり、既に大きな権力を持っている大物議員の活動を監視する仕組みとして、選挙は重要な役 割を果たすだろう。国民が選挙に無関心な国において、良い政治が根付くことはなかなか難しいと思われる。日本の投票率は世界の中ではかなり低く、G7の中でも最下位に近い。先進国 の中でも米国やスイスなど国政の投票率が低い 国はあるが、大統領選がより重要であったり、 国民投票を採る直接民主制が根付いていたりする。選挙を国民の義務としている国は、オーストラリア、ベルギー、トルコなどそれなりに存在し、国政の投票率が100%に迫ることもある。
■ 投資という社会参加について
それではお金の社会参加と言える投資・資産 運用についてはどうだろうか? 株式投資とは、ベンチャー企業のような新しい取り組みを応援し、経済界の権力者である巨大な上場企業の経営陣をモニタリングする仕組みである。個 別株式だけでなく、投資信託や上場投信(ET F)を通じての株式投資も、同じ社会的機能を果たす。個人における投資の参加率が高いこと は、アントレプレナーの応援や、大企業のモニタリング機能の向上に直結する訳だ。20世紀以降の米国の躍進は、投資信託というイノベーシ ョンの社会実装や、未公開株投資への市民のハ ードルを下げるなど、個人のお金の社会参加を活発化させたことに大きな背景があろう。そして選挙と同じ文脈で考えれば、国民が投資に無関心な国で、良い経済が根付くことは難しいと言える。なお、ここでいう投資とは、投機ではなく、長期視点で社会のオーナーになるという活動である。
さて、個人に投資の意思決定を義務化してい る国はあるのだろうか。世界で広まってきた確 定拠出年金(DC)は、そのような性格を帯びた制度だと考えられる。従来からの公的年金制度は、一国内における世代間の相互扶助がベースであり、個人が意思決定をしている訳ではな い。一方で、1970年以降で広がっている確定拠 出年金は、個人が投資の意思決定を行うことが 求められる。
南米の優等生と評されるチリでは、1980年代 より、全被用者は給料の1割を天引きされ自身 が運用の意思決定をしなければならなくなっ た。オーストラリアでは、1990年代より全雇用主に全従業員の個人年金への拠出が義務付けられ(おおむね給料の10%)、全従業員が自身で資産運用を行う「スーパーアニュエーション」が定着した。イギリスでは2010年代より国家雇用貯蓄信託(NEST)の運用が始まり、既存の制度では十分にカバーされていなかった中低所得者向けへも確定拠出年金が広がった。労使合計での給与の10%弱の拠出に対し、従業員が「反対」の意志を示さない限り資産運用が始まる。実際 には9割以上の対象者が運用を開始し、ほとん どの加入者がデフォルトファンド(先進国上場 株式への投資が6割程度)の投資を始めるなど、 先進的な試みが成功している。上記の取り組み は、より多くの国民を投資という社会参加に内包させるための例と言えるが、言わば国家として資産運用の義務化を進めているとも考えられる。
その他の重要な社会参加として、寄付やボラ ンティアもあるだろう。税金や社会保険を原資とした公的部門の活動では解決できない社会課題を、寄付やボランティアで解決し社会を豊かにしていく。これらが、社会に深く根付いている国も世界には多く見られる。米国大学への進学では、ボランティアの実経験を積んでいることが非常に重視される。外資系企業では、ボランティア活動のための休暇取得が推奨されている例も多い。何らかの義務化が明文化されていなくとも、実際はかなり近い運用がされている。
さて、上記では五つの社会参加を考えてみたが、これらを義務と位置付けるのか、またその 強弱は、国や地域によって様々である。選挙、 資産運用、ボランティアなど、日本では義務とは受け取られていない社会参加が、社会により深く入り込んでいる国・地域も多く見られることがうかがえる。いずれにせよ、人々の多様な 社会参加が豊かな社会の土台となっていることに疑いはないであろう。
下図は、筆者が多数の国・地域の経済調査か ら帰納的に観察した経済の発展ステージと五つの社会参加の位置付けである。社会が成熟して いくためには、より多様な社会参加が必要であると考えられる。
■ 社会参加のグローバル化について
さて、これらの社会参加はドメスティックな性格を持つものと、グローバルな性格を持つものに分けられる。納税と選挙は居住国や国籍に絞られるが、勤労と投資は国境の制約がかなり取り払われているのが、現代の姿だ。我々は他 国の選挙には参加できないが、外資系企業に勤 めることができるし、外国への投資も容易に行 うことができる。より好待遇の雇用機会を得たり、より高利回りの資産への投資機会があることは、人々の豊かさに直結し、さらには既存の 国内の雇用や投資案件の条件を引き上げる力に もなるだろう。
また、これらのグローバル化は、自国から他 国へだけでなく、他国から自国へという双方向 性の視点が欠かせない。移民を継続的に受け入 れるアメリカやカナダ、約20カ国の経済的な国境を取り払ったヨーロッパなどは、勤労と投資という社会参加のグローバル化を進め、社会の成熟度を高めている。日本においても、日本で 働きたい、日本で事業をしたいという意思が世 界中から集まること、外から内への社会参加が より大切となろう。結局、国民がグローバルへの双方向な投資に無関心である国に、豊かな社 会が根付くことは難しいと考える。
■ まとめ
今回は社会参加という側面から、投資のWH Yについて考察した。人々の資産形成を通じた お金の社会参加は成熟した豊かな社会に進むために重要な要素であり、世界ではその社会実装 が活発化している。また、内から外、外から内 への双方向な投資が活発化していくことが求められている。
(第3回に続く)
WealthPark研究所 所長 加藤航介(かとう こうすけ)‐ プレジデント/インベストメント・エバンジェリスト:「すべての人に投資の新しい扉をひらく」ための研究、啓発のための情報発信を行なう。2021年より現職。