人生を、もっと自由にデザインできたら――そんな想いを抱く人が、いま静かに南半球に目を向け始めている。
2025年4月、ニュージーランド政府は富裕層を対象とした投資家ビザ制度を大きく緩和した。一例として、政府認定の想定利回り7〜10%の金融商品に3年間投資を続けることで永住権を取得が可能で、これは先進国の制度では群を抜いた使い易さだ。投資とは成長や豊かさのタネである。国外から投資資金を呼び込むため、世界の国々では一体、どのような舵取りが行われているのか。
英米で10年を過ごし、世界30カ国以上での経済調査の経験を持つ加藤氏が、ニュージーランドにおいて富裕層向けの移住サポーターとして働く池口氏へのインタビューより、投資の本質に迫る。
※本記事は、2025年5月31日に東洋経済オンラインに記載された以下の記事の元原稿となります。
前編:《4億円あれば”英語力不問で永住権”?》「ゴールデンビザ」緩和に踏み切った”ニュージーランド”の大胆施策
後編:《永住権は”お金”で買う時代?》ニュージーランドの半移住政策に”700%の注目”が集まる納得の訳
自分・家族という人的資産を国際分散する資産運用
2025年4月、ニュージーランド政府は富裕層向けの「投資家ビザ」を大幅に緩和し、永住権取得へのハードルを一気に下げた。日本では馴染みの薄いが、世界各国では国内経済発展のため、この「ゴールデンビザ」とも呼ばれる仕組みが各種用意されている。先進国かつ英語圏からの当ニュースは非常に大きく受け止められた。
まず、投資家側の視点からこの制度を見ていこう。投資家ビザによって、一般の富裕層が目指すのは「半移住」という選択肢の獲得だ。生活拠点のすべてを移すのではなく、「自国に国籍や居住権を持ちつつ、他国にも暮らす」という柔軟なスタイルを指す。例えば、ニュージーランドでいえば、南半球の夏の快適な時期だけ家族で数ヶ月滞在し自然や文化を楽しむ、子供の中高生の6年間だけ家族で暮らす、などの選択だ。
「永住権は“選択肢”です。ニュージーランドの永住権は一度取得すれば更新の必要もなく、現地に住み続ける義務もありません。」。筆者がインタビューをした池口氏は、10年前にニュージランドに移住し、現在は富裕層向けの金融・移住サポーターをしている。

パッシブファンドの登場や新NISAといった制度の拡充で、今や金融資産を世界に分散することは富裕層のみならず、一般人にも常識となりつつあるが、「自分や家族という“人的資産”を国際的に分散する」というのは資産運用の最終ゴールとも言える。資産運用のゴールは、単なるお金の増殖ではなく、人生の幸せの最大化であると考えられるからだ。生活、教育環境、年金受給権、そして有事の際のセーフティネット──これらを複数の国に持つことで、人生設計や効用は大きく変化するだろう。
「富裕層においては、“国籍や居住権もポートフォリオの一部”という考え方は当たり前です」と池口氏は語る。今から200年前、ロスチャイルド家の当主メイヤーが、5人の子供を別々の国に送り込んで一族の繁栄に繋げたことは有名な話だ。
「今回の改正では取得時の英語要件が取り払われました。また申請中の3年間の現地滞在義務は21日間のみです。柔軟なライフスタイルが得られるよう設計されているのです」。
我々が新NISAで世界株式ファンドを気軽に購入しているのは、いつでも好きな時に元の円に戻せる自由度があるからだ。永住権の取得と更新に縛りがないことは、人的資産の分散投資を行う上で極めて大きなポイントだ。
ファンドに投資をして永住権を得るという選択肢
永住権取得を目指す投資家は、日本には存在しない「政府認定の永住権に紐づいた金融商品」に投資をしていく。どのような金融商品なのか、池口氏が所属する投資会社が提供しているキャッスルロックファンドを参考に見てみよう。
「当ファンドは、投資家の3年間の投資期間中、年7〜10%程度の想定リターンを得られるように設計されています。運用に問題なければ、期間後には、もちろん元本も戻ってきます」。
このファンドは日本の投資家にはほとんど馴染みがない未上場株投資ファンドである(新NISAの成長投資枠ではレオス・キャピタルワークスが運用する「ひふみクロスオーバーpro」が唯一、15%を上限に未上場株へ投資をしている)。投資先は、物流企業、食品の卸業、美容サロンチェーン、ペット関連ビジネスなど、すでに実績ある一定の規模のある企業の株式への投資となる。業績が安定するオールドエコノミーの業種が中心に揃えている。
「なお、未上場ファンドですがIPOは想定しておらず、企業の経営に参画しながら中長期で安定的なファンド価値の成長を目指します」
ITなどの成長業種への投資ではないためIPOがゴールではないのは納得感がある。なお未上場のファンドの価値はどのように算出は、組入企業の業績を反映したファンド価値が算出され、監査法人などがその根拠がおかしくないかチェックされ、一株当たりの価格が算出されるのが通例だ。
池口氏は続ける。「こちらではオーナーの高齢化によって事業承継が課題となっている優良企業が多く、そこに海外投資家の資金が入ることで、双方にとってメリットがある形を作り出しています」。

企業の事業承継でも不動産の空き家問題でもそうだが、社会での優良資産を次世代に繋いでいくためには、何らかの受け皿となる仕組みが必要である。ニュージランド経済においてその仕組みの一躍を担っているのが当ファンド、そして国外の投資家ということになる。一方、未上場資産の弱点は、自由に換金できないことだ。この点はどうであろう。
「大口の場合は、要相談となりますが、四半期ごとの出資・解約が可能です」と池口氏は語る。
筆者もプライベートエクイティの運用に携わったことがあるが、IPO狙いや倒産リスクのある割安企業への投資などは、リスクが高くなかなか個人投資家には勧められない。このファンドの個人投資家向けとして過度にリスクを高めず、流動性を確保しながらの運用は非常に魅力的に思える。また投資家ビザと絡めることで、資金を3年間拘束できることは、運用側にとってもありがたい。
ファンドの力を使って社会課題を解決するという本来の目的が非常に合致した例と感じることができた。
N Zの魅力と移住の全貌
移住先としてのニュージーランドが注目を集める理由の一つに、教育環境の豊かさがある。2013年に家族で同国へ移住した池口氏は、「“のびのび”という言葉がこれほど当てはまる教育は初めてでした」と振り返る。学力偏重ではなく、個性・協調性・多様性を重視し、「自分の意見を持つこと」を育てる姿勢は、旧来の日本型教育とは一線を画す。
さらに、英語が母語でない子どもへの支援体制も整っており、補助教員の配置やクラスメートによる自然なサポートが定着している。公立校が基本ながら、私立・全寮制など多様な選択肢が存在し、「親が教育方針に応じて“学校を選べる”社会」であることも特徴的だ。
生活インフラに目を向ければ、医療制度は基本的に公立が無料で提供される福祉国家である。ただし、待機時間や軽症への対応に課題があるため、多くの移住者は月2〜3万円の民間保険に加入して備える。電力・水道・交通インフラも概ね安定しているが、車社会であることや、日本のようなきめ細やかさは望みにくい。「その分、自然とともにある生活が、不便を補ってくれる」と池口氏は語る。
一方で、誰にとっても理想郷とは限らない。親の介護、医療の地域差、物価の上昇といった“現実”にも目を向ける必要がある。「何を得たいのか、何を手放すのかを明確にすること。それが満足度の高い“第二の暮らし”の前提です」と池口氏は締めくくる。
理想と現実を見据え、人生を設計する──その選択肢としてのニュージーランドは、今なお輝き続けている。

キャピタルゲイン税や相続税がない先進国の姿
グローバルな資産防衛を視野に入れたとき、移住先の税制は極めて重要な比較軸となる。中でも、ニュージーランドは例外的な存在である。相続税・贈与税・キャピタルゲイン税が原則として存在しない、数少ない先進国のひとつだからだ。
「これは投資家にとっては当然に大きな魅力です。特に、資産の次世代への承継を意識されている方には、長期的な人生設計を考えるうえで選択肢に入るでしょう」と池口氏は語る。確かに、資産を守り、引き継ぐことを前提とする富裕層にとって、この制度的な“空白”は強いインセンティブとなる。

とはいえ、問題は単純ではない。日本国籍を持つ者がニュージーランドに居住したとしても、日本に資産を残している限り、日本の課税権が及ぶケースは少なくない。とりわけ相続税に関しては、「被相続人と相続人の双方が日本に10年以上居住していない」という要件を満たさなければ、完全非課税とはならない。半移住というスタイルでは、この条件に抵触する可能性も高く、現実的には「日本で相続税を支払う前提での国際分散」という考え方が主流だろう。
また、キャピタルゲイン税がない一方で、利息や配当といった金融収入には累進課税が適用される。「税率は10%強から40%弱までの5段階で、日本のような20%一律の分離課税とは異なります」と池口氏。高額所得層にとっては、金融収入に対する負担はむしろ重くなる場面もある。
税制の“緩さ”は、時に魅力でありながらも、設計次第で不利にも働く。制度の穴をつくのではなく、各国のルールを正しく理解し、家族・資産・ライフスタイルを統合的に設計する。それこそが、現代の富裕層に求められるリテラシーである。
かつては移住の中心であった不動産投資
「不動産を買えば移住できる」──かつては、そうした制度は各国に存在したが、その動向は大きく変化している。例えば、欧州での移住先として人気のあったポルトガルは、2023年に不動産投資によるゴールデンビザ発行を禁止した。また、オーストラリアでは、直近、2025年2月に非居住者による既存住宅の購入が2年間禁止となり、業界を驚かせた。いずれも、現地不動産の価格高騰による社会問題化と言われており、オーストラリアでは中国などからの不動産買い占めが加速し、住宅価格が高騰したテイル。
ニュージーランドでは一足早く、2018年以降、外国人による居住用不動産の購入が原則禁止とされ、移住ビザと不動産投資との直接的な結びつきも一時的に閉ざされた。しかし、2024年4月の制度改正により、その扉は再び開かれた。
「今年からは商業用不動産や居住用開発プロジェクトへの投資に限り、永住権取得が可能となったのです」と池口氏は語る。
この制度設計の本質は、“国の発展に資する投資”を前提としている点にある。単に投資資金を投じるだけでなく、現地の開発事業者と連携し、物流施設や集合住宅などのインフラ整備に参画する──そうした取り組みが評価され、永住権の取得要件として認められる。
「マンションを買えば永住権が得られる」といった単純な時代は終わった。その代わりに、国の社会課題の解決や、持続的成長に資する“貢献”が、制度の軸となったのである。実物資産に親和性のある富裕層にとって、これは極めて自然な方向性とも言えるだろう。
不動産投資と移住とが交差するこの構造は、単なる利益追求ではなく、「住む国に経済的・社会的に貢献しながら、新たな生き方を設計する」という現代的な投資の在り方を体現しているとも言える。

移住制度が映し出す未来の投資観
21世紀を迎えた現代、富裕層および高度人材の受け入れは、各国にとって国家戦略上の重要課題となっている。関所の撤廃は常に反動があるが、「人とお金が集まる場所に、文化と経済の繁栄が生まれる」という原則は、過去も現在も変わらぬ社会の真理である。
今回、池口氏との対話を通じて見えてきたニュージーランドの移住制度は、単なる優遇策ではなく、国と個人、投資と生活の新たな関係性を提示しているように思える。この考え方は、一部の超富裕層に限られたものではない。
投資の本質とは、単にリターンを追求する行為ではなく、「人々と社会の豊かさと幸福にどう資するか」を問う営みである。ニュージーランドの制度改正は、その問いに対する一つの鮮やかな応答であり、これからの時代における投資家像、そして移住者像のヒントを与えてくれるものであろう。