今後の日本は「投資立国における構造的な円安・インフレ」という問題へ長期的に取り組む必要がある。世界の中での日本、海外での稼ぎ方の過去からの変化、今や外貨の稼ぎ頭になりつつあるインバウンド旅行という新しい産業と共に、「新しい日本」の姿を考察する。
※本記事は、2025年11月23日に東洋経済オンラインに寄稿された以下の記事群の後編の元原稿となります。
前編:実現が見えてきた?「江戸城天守再建」プロジェクトの全貌「3つの魅力」は?「3つの懸念」に対する回答は?
後編:「いったい何兆円の経済効果…?」「インバウンドはさらに増える?」”江戸城天守再建”プロジェクト「投資のプロ」の驚きの見方
インバウンド消費をより深く考えてみる
前回は、江戸城天守再建プロジェクトについて紹介した。それは充分に実現可能な話で、文化的にも経済的にも、未来の日本への大きな贈り物になることだろう。
ただし、実際に「再建する、再建しない」は日本人の民意としての選択に委ねられ、そのためには広い視野を持った議論が必要と思われる。
経済的な視点では、インバウンド消費でのオーバーツーリズム問題だけでなく、投資立国における日本経済の構造の理解、さらには歴史的・世界的に見た産業の視点などが必要となってくるだろう。
本記事では、江戸城天守再建プロジェクトについて建設的な議論をするため、以下の3つの経済・産業的な視点について考察、紹介していきたい。
1. 過去と未来、100年における日本の世界での規模感
2. 投資立国における「海外からの儲け」の日本への環流
3. 外国旅行は世界的な成長産業
では早速、世界のなかでの日本の現在のポジションから見ていこう。
まず、日本の人口と経済規模の、世界との比較を時系列で数字で見てみよう。
世界人口や世界経済規模に占める日本の比率
年度/人口/経済規模(名目ベース)
1960 3.2% 3.5%
1990 2.3% 9.6%
2025 1.5% 3.6%
2050(予想) 1%程度? 2〜3%?
(出所)国際連合、世界銀行などの資料からWealthPark研究所集計
日本の人口は、1960年時点では世界の約3.2%、1990年で同約2.3%、2025年現在で同約1.5%だ。今後2050年には、おおむね1%となる見通しだ(世界人口は100億人弱まで増加し、日本の人口は約1億人となる予想)。
経済規模はどうだろう。1960年時点で世界の約3.5%、1990年で同9.6%、2025年現在では同約3.6%だ。経済規模の今後の予想はかなり難しいが、調査会社の予測を見ると2〜3%程度という声が多い。
世界とともに豊かになる日本を目指す
さて、この過去と未来の約100年間の人口と経済規模の一覧表から、我々は何を読み取るべきだろう。
よく聞くのは、1990年代以降の日本の凋落と、それを憂う声だろう。確かに、現在の日本の世界全体と比較した経済規模は、1960年の水準まで縮小している。
ただし、より本質的な理解とは「いつの時代も、日本の豊かさは世界と共にある」ということだろう。

日本以外の90%超を占める世界の人口や経済との付き合い方で、日本は豊かにも貧しくもなりえる。それは過去も未来も変わらないのだ。過去の停滞を憂いている暇があるなら、未来を見据えたアクションを考えて行動していく必要がある。
端的に言えば、日本の世界における豊かさとは、世界の人に日本発の何かを買ってもらうこと、日本のファンになってもらうことで決まる。
世界の人に買ってもらう、日本発の何かとは? たとえば、工業製品、漫画・アニメコンテンツ、インバウンド観光を輸出できるのか。そしてファンになってもらうとは、日本への留学、就職、投資などを受け入れられるのかということだ。
これは日本だけでの話ではない。世界中の国が、外国との付き合い方についての質と量の改善と、常に戦っているのだ。
この夏の参議院選前後より、日本社会における外国人の存在についての必要なルール作りの議論も進んでいる。
外国人に、日本では日本のルールを守ってもらう、安全保障に関わる機関を新設する、外国人の不動産などの資産購入に一定のハードルを設けるなどは、正しい方向性であろう。
この目的は、仮に短期的には日本と世界を遠ざけるものであっても、長期的に日本と世界の関係の深化をより進めるために必要なものである。
日本が海外で稼ぐ手法は大きく変化している
次に、日本が世界から稼ぐ手段の変遷を見てみよう。昭和から令和まで、日本は巨大な世界経済から、手を替え品を替え、上手に稼いできている。
〈日本が世界経済から稼ぐ手段の変遷〉
〔1〕昭和:加工した工業製品で稼ぐ【貿易】
〔2〕平成前半:海外進出した現地法人で稼ぐ【直接投資】
〔3〕平成中盤:アニメ・漫画などコンテンツで稼ぐ【知的財産】
〔4〕平成後半:インバウンド観光で稼ぐ【サービス】
〔5〕令和:NISAなどを通じた外国への証券投資で稼ぐ【証券投資】
実に見事な変容である。
これら〔1〕〜〔5〕を含めた国境を越える経済活動は、経常収支として発表されており、日本の経常収支は、オイルショックや震災時などの特別な時期を除けば、一貫して大きく黒字。現在、その金額規模は世界3位であり、下図の黒の折れ線グラフを見ても分かるように、2023年や2024年も過去最高値を更新している。

(出所:財務省 国際終始状況の概要 令和6年度より)
つまり、過去から現在まで、日本は外国から稼ぎまくっている国なのである。そして、その稼ぎが、日本が長年世界一を誇ってきた対外純資産の源泉ともなっている。
そんな海外で稼ぎまくっている日本であるが、足下では、輸入物価インフレ(コストプッシュ・インフレ)が我々の生活を直撃している。日本は世界で稼ぎまくっているのに、ここ数年、日本円が弱くなっているのはどうしてだろうか。
ここ数年、日本円が弱くなっているのは周知の事実だ。2025年11月中旬現在、1米ドル155円程度、1ユーロ180円近くであり、過去5年で見ると円は4〜5割も減価している。どうしてだろうか。
金融的には、国内外の金利差などで説明されるが、ここではより実需で長期の構造的な話を取り上げたい。
実は、日本の外国での稼ぎには、
・為替市場を通じて日本にたえず環流しているもの
・すぐには環流していないもの
の2種類がある。前のページで掲げた〈日本が世界経済から稼ぐ手段の変遷〉の5項目を分類すると、以下の通りとなる。
日本にたえず環流している稼ぎ(主に貿易・サービス収支)
〔1〕貿易輸出 〔3〕コンテンツ輸出 〔4〕インバウンド消費 など
日本にすぐには環流しない稼ぎ(主に所得収支)
〔2〕企業のビジネス投資 〔5〕個人の証券投資 など
日本が海外で稼いでいる主力は、おもに昭和や平成の前半は前者から、平成の後半以降は後者からと、変化しているのだ。そして、海外でより稼ぐための種銭として、企業や個人が海外へ継続的な新規投資を続けていることが、日本円が安くなっている理由となる。
たとえば、ある日本企業は、成長著しいアフリカに海外法人を出資して作り、将来性の高い現地ビジネスへ継続投資をしていく。ある日本人個人は、海外株の投資信託への積立投資をし、そこからの配当は同じ商品に再投資して長期運用を行う、などだ。
「円を強くする」実需の活動の大切さ
ここで、日本企業の海外ビジネスがうまくいっていること、 日本個人の資産運用がうまくいっていることは、当然に「良いこと」であり、止めるべきではない。日本企業や日本人が自らのバランスシートで、世界において大きな資産を持つこと、つまり世界のオーナーになることは、日本の長期的な豊かさにとって大いにプラスだ(更なる対外純資産の増加)。
ただし、貿易輸出やインバウンド消費など、短期で「環流する外国からの稼ぎ」を持っておかないと、為替の円安が進んでしまい、輸入物価インフレから日本人の生活水準は悪化してしまうのだ。
言葉を変えれば、国際収支は会計的には大きく黒字だが、為替に影響を与えるキャッシュフロー的には赤字となっているのが、日本の問題ということである。
この新しい構造的な問題は、日本が先進国となり、貿易立国から投資立国へ移行していく中で、付き合っていかなければならない課題なのである。

日本の豊かさを支える世界との関わり方は時代と共に変化している(提供:WealthPark研究所)
インバウンドが日本最大の外貨獲得産業に
ここで、実需として為替に強く影響を与えている、2024年の輸出入の上位項目を見てみよう。

2024年の輸出入の上位項目(図表:各種統計・資料より筆者作成)
インバウンド消費の8.1兆円は、自動車完成車に次いで第2位の外貨を稼ぐ手段、つまり、円を強くし輸入品インフレを抑える手段として成長してきている。今後、インバウンドが政府目標の6000万人へ向かえば、インバウンドが日本最大の外貨獲得産業となる可能性もあるだろう。
実需として円を弱くする「輸入」では、1位は原油、2位はデジタル関連となっている。原油・エネルギーは日本経済のボトルネックであり、中長期的に原子力に変わる核融合技術などが期待されている。
デジタル関連赤字(アメリカ巨大テックへのクラウドやアプリ使用料)は、インバウンド消費と同じくここ10年で急拡大した項目であり、現在はインバウンドの円買いとちょうど打ち消し合う規模感となっている。
こうして整理して見ると、インバウンド消費とは、日本の家計を円安や輸入インフレから守る、極めて大切な役割を果たしていることがわかる。現在、再建が計画されている江戸城天守は、かつての徳川幕府を守る城ではなく、日本国民を守る城として活躍する役割を求められるのであろう。
では最後に、インバウンドに深く関係する、世界における外国旅行の歴史や今後の未来について考えてみよう。

欧州貴族の社交界視察などが近代の外国旅行の起源。写真は仏シャンボール城(提供:WealthPark研究所)
古くは富裕層を中心とした宗教的な巡礼として行われていた外国旅行、すなわちエルサレム、ローマ、メッカへの巡礼は、18世紀に欧州貴族の教育的理由として広がりを見せる。19世紀には世界初の旅行会社トーマス・クックがイギリスで生まれ、鉄道や飛行機などの移動手段のイノベーションが続き、外国旅行は20世紀以降に世界で爆発的に広がった。
近年では、価格の安い航空会社(LCC)、便利なオンライン旅行会社の台頭、各国政府の観光業への注力により、外国旅行は引き続き、世界的な成長産業だ。実際、過去30年で世界人口が1.4倍に増えたのに対し、外国旅行者数は2.6倍に増加している。
また、一人当たりの所得がある一定水準を超えると、外国旅行者数が急増するという研究は昔からあり、現在では年収200万〜300万円がその水準と思われる。中国がまさにこの水準に差し掛かっており、人口の多いインドやインドネシアはまだまだこれからポテンシャルがある。
これは筆者の主観であるが、五感を使って異世界を体験する「外国旅行」は、VRや生成AI技術がより生活に入り込むこれからの社会においても、大きな価値を提供し続けるだろう。
また、旅行客の高単価化には、歴史・文化・芸術といった分野が欠かせない。外国人には理解するのが非常に難しい日本のわびさび文化の橋渡しとして、誰もが五感で体験できる江戸城というコンテンツは面白いのではないだろうか。
江戸城は外国人にとって、強烈な五感を使っての体験となるであろうし、それは日本と世界の両方で日本のファン増に貢献するだろう。
世界とともに歩む新しい日本へ
日本に留まらず外国でチャレンジする企業が増えること、NISAなどで貯蓄から国際分散投資へチャレンジする個人が増えることは、令和において豊かな日本を築く大切な要件だ。
そして、その過程で生まれる円安の副作用への対処について、例えばインバウンド消費の強化などを我々は考えていかなくてはならない。
より長期的な視点で見れば、通貨安圧力をオフセットする本命は、日本が国際競争力のある産業を持つこと(強い日本)、そして外国から日本への投資を呼び込むこと(株や不動産、事業への投資から留学や移住まで)である。
後者については、日本は常に世界とともにあることを念頭に、世界の豊かさを日本に取り込むための正しいルール作りに期待したい。
歴史的や地理的、そして未来を俯瞰する視点を持ち、「体験を通じて愛される日本」を築くこと。江戸城天守再建プロジェクトには、これからの新しい日本を創るヒントが多く隠されているのだ。