WealthPark研究所 所長 加藤航介が「東洋経済オンライン」に寄稿した記事をお届けします(2023年6月4日掲載)。元の記事はこちら。
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昨今、資産運用や投資の知識は「人生100年時代」を幸せに生きるための「大人の一般教養」として考えられるようになっている。昨年より、高校の家庭科で金融教育がスタートし、経済と公民を合わせて学ぶ新科目「公共」も必須となった。
ただし、知識とは行動がともなってこそ意味があるもの。「真に使えるお金の教養」を学ぶ一番の方法は、家族や親族など身近な人による実体験を交えた直接のアドバイスだ。
今回は加藤氏が、「ケイさん」として、社会人3年目の従妹アカリに、「資産運用をする人の人生としない人の人生」についてレクチャーする。
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ケイ:国内外の投資会社でファンドマネージャーなどの要職を20年経験後、「WealthPark研究所」を設立。英米で10年を過ごし、世界30カ国以上での投資調査の経験を持つ。2児の父。
アカリ:ケイの従妹で社会人3年目。親戚の集まりなどでお金にまつわる様々な話を耳にしており、資産運用への興味が強い。好きなモノはお酒とインスタグラム。
月3万円で1000万円達成する
アカリ:ケイさん聞いてください! 先週会社の飲み会で、ある先輩が「iDeCoの残高が1000万円を超えた」って言ってたんです。それってすごくないですか!?
ケイ:僕のまわりでもそういう人がちらほら出てきているよ。企業型DC(確定拠出年金)が2001年に始まってから20年以上だからね。「長期の積立」と「複利効果」のダブルパワーを実体験した第1世代が、日本でもあらわれている。みんなとくに投資に詳しいわけでもない、ごく普通の人たちだよ。
アカリ:iDeCoや企業型DCって、毎月コツコツと積み立てていく仕組みの運用ですよね。それで1000万円だなんて、ちょっと信じられないというか。
ケイ:いや、その仕組みさえつくってしまえば、全然可能なんだよ。たとえば月3万円を20年積み立てれば、1000万円は年利回り5%あれば達成できる。ちなみに、長期の投資先として最もメジャーな世界株式指数*の過去の長期利回りは10%近いんだ。
*MSCI World Indexが計測開始された1969年から過去50年超の平均年利回りは9.3%
日本人が知っておくべき投資の「幹」とは?
アカリ:私も20年後、1000万円貯められたらなあ。でも投資っていわれても、いったい何をしてよいやら……。
ケイ:世の中にはいろいろな投資の情報がはびこっているけど、普通の日本人が知っておくべき幹の部分はこの3つぐらいだよ。
この3つを知っていたのと知らなかったのでは、人生の豊かさに大きな差がつくのは間違いないだろうね。
じゃあ、今日は「ごく普通の家庭で資産1億円を作れるか」というお題で考えていこうか。
アカリ:え、1億円? さすがにそれは無理でしょう!
ケイ:ところがそんなことはないんだ。このお題についてバシッと答えられる人は資産運用のリテラシーがある人だから、アカリもそうなれるよう、学んでいこう。
30歳、共働き夫婦が収入の1割を投資にまわすと…
ケイ:まず、令和時代のモデルケースとして、次のような世帯をイメージしてみよう。
・東京都在住、30歳の共働き夫婦
・年収は各400万円
・世帯収入は800万円(12カ月で割ると月66.6万円)
アカリ:とくに高収入ってわけでもないし、ごく普通って感じですね。
ケイ:世帯収入の1割である月6.6万円を資産形成に回し、世帯収入の4分の1程度である13万円を住居費に充てているとしよう。
ただし、以下のように資産運用「あり」の家族Aと、資産運用「なし」の家族Bの2パターンで考えていくよ。
家族A:資産運用「あり」
税制優遇のあるNISAやiDeCoで投資 + 持ち家暮らし
家族B:資産運用「なし」
銀行口座で預金 + 賃貸暮らし
家族AはiDeCo月2.3万円、つみたてNISA月1万円を夫婦それぞれが実施、投資利回りは年5%としておこう。
持ち家は4000万円の住宅を固定金利1.8%の35年ローンで購入したとする。一方、家族Bの銀行預金の金利は年0.01%だ。
アカリ:ふむふむ。月6.6万円の貯蓄は大変そうに思えるけど、共働きだしこのくらいは貯めていったほうがよさそう。
住居費が収入の4分の1というのも一般的ですね。都内ならローンでも家賃でも13万円くらいはふつうだし。
ケイ:お金を回す先と住居形態が違うだけで、残りの生活費は同額。家族AとBの生活レベルは同じということになるね。
さて、家族Aと家族Bが仕事を引退する65歳まで35年間、この生活を続けたとしよう。65歳時点での資産は、それぞれどれぐらいになると思う? 直感で答えてみて。
アカリ:家族Aが投資「あり」、家族Bが投資「なし」ですよね。家族Aが4000万円、家族Bは3000万円くらいとか?
投資のあるなしで、その差は7800万円!
ケイ:残念! 65歳時点でのおおよその資産額は、家族Aが1億600万円、家族Bが2800万円。その差はなんと7800万円になる。
家族A:1億600万円(金融資産7600万円+不動産資産3000万円)
家族B:2800万円(金融資産2800万円)
差額:7800万円(金融資産4800万円+不動産資産で3000万円)
アカリ:えーーー! 家族Aは1億円超え。億万長者じゃないですか!
家族Bがコツコツ2800万円貯めたのも立派だけど、こんなに差が出るなんてびっくり。しかも夫婦それぞれ年収400万円なら、ごく普通の家庭ですよ。同じ額を資産形成と住居費にあてて、生活レベルも同じなのに……。
ケイ:素直な反応ありがとう。これが投資の「ある」人生と投資の「ない」人生の一例だ。
実は普通の家庭で資産1億円を築くことは、長期で見ればまったくありえる世界なんだ。
ケイ:まず、金融資産を見てみよう。
65歳時点で、家族Aは7600万円、家族Bは2800万円、差額は4800万円。どちらもコツコツと積み立てた元本は、35年間の累計で約2800万円とまったく同じ。
差がついた理由は以下の2つだ。
資産形成に差がついた理由
①3600万円分:運用利回りの複利効果の差(家族Aは年率5%、家族Bは同0.01%)
②1200万円分:税制優遇制度の恩恵
アカリ:長期になるほど複利効果がすごいって聞いたことがあるけど、やっぱり大きいなあ。そして税制優遇効果の1200万円もあなどれないですね。
ケイ:年率5%の利回りと聞くと、低金利に慣れている日本人は「そんなうまい話があるわけがない」「たとえ過去はそうでも未来はわからない」と考えがちだ。
他人の話を鵜呑みにしないことはとても大切だけど、5%の長期利回りというのは、保守的でも積極的でもない、中立的な数字だよ。
80億人の「世界経済の成長」に乗っかる
ケイ:過去数十年、世界経済は年5%程度で名目成長していて、今後も同水準の成長が見込まれている。これは世界の人口が1%増え、物価が2%上がり、1人ひとりの実質給料が2%上がっていくというイメージだ。
そして最もまっとうかつメジャーな投資方法は「世界の株式、国債、不動産などの主要な資産へ、幅広く投資をして、ほったらかしておくこと」なんだ。
世界経済と主要な資産は強くつながっているので、より長期に、より幅広い資産に投資をするほど、投資成績は世界経済と同じトレンドで増えていく。
アカリ:なるほど。つまり、80億人がいる世界経済の成長に乗っかって資産を増やすというわけですね。
ケイ:その通り。株=ギャンブルというイメージを持つ人が多いけど、成長していく世界の優良企業の株などを幅広く長期で持つことは、ギャンブルとはまったく別物だ。
アカリ:たしかに、世界の経済成長に乗っからなきゃもったいないですね! 世界経済の成長を意識しつつ、長期でコツコツ、ほったらかして資産形成することが、お金持ちへの道という気がします。
ケイ:では次に、家族Aと家族Bの65歳時点での、不動産資産の違いを考えていこうか。
ケイ:住居費はどちらも月13万円、35年の累計額は約5500万円で同じだよね。
アカリ:それにしても、35年の住居費が約5500万円ってすごいですね。さっきの月6.6万円、35年の積立元本が2800万円だから、ほぼ倍か……。
ケイ:一般的に、住居費は家計の最大の支出項目だからね。
アカリ:持ち家か賃貸って、誰しも一度は考えますよね……。
ケイ:だからこそ、枝葉は除いて、幹の部分で考えることが大事なんだ。
持ち家と賃貸では、初期費用、税金、修繕費、更新手数料など、お金のかかり方が違ってくる。
ただし、ネットなどでいろいろと調べていくとわかると思うけど、どちらに住んだとしても、長期には「家計から出ていくお金はあまり変わらない」という意見に落ち着く。
アカリ:じゃあ、どっちでもいいともいえるのかな。
ケイ:いや、ところがそうでもない。35年後の資産額は、持ち家派の家族Aが3000万円、賃貸派の家族Bが0円となっている。
家族Aの毎月の住宅ローン返済は、住宅という資産が銀行から自分へと少しずつ移動していくようなもの、対して家族Bの家賃支払いは、資産形成という意味では何も残らないんだ。
毎月出ていくお金、つまりフローが同じでも、裏側にあるストックの推移が違うわけだ。
持ち家or賃貸は「フロー」と「ストック」の視点が必要
アカリ:フローとストック?
ケイ:家族Aは東京で4000万円の戸建て住宅(内訳は土地が3000万円、建物が1000万円)を購入した。35年後には古くなった建物の価値はほぼゼロになるけど、土地の3000万円が資産、つまりストックとして残ると考えた。
家族Aのローン返済月額13万円のうち、平均すると約10万円が元本返済、3万円が利息に充てられる。
つまり、10万円は返済ではなく、自分の資産をコツコツと貯めているようなもの。そこから建物の価値の下落分を引いた月約7万円は、自宅に住みながらコツコツと資産(ストック)を貯めていることになる。
アカリ:住宅ローンは借金の返済だけど、返済が終われば不動産という資産がしっかり残りますよね。持ち家が資産になるという考え方も、さっきの金融資産と同じで、ほったらかすだけでコツコツと資産がたまっていくわけですね。
ケイ:うん。ただし、地方にいくほど土地と建物の価値の割合が逆転するので、住宅ローンの返済でストックをためるのはむずかしくなる。その点は注意が必要だね。
あと、どういうライフスタイルが自分にとって「幸せ」かは、このフローとストックの「お金」の話より大事だからね。
ケイ:ここまで見てきた家族Aと家族Bの比較で伝えたいのは、ごく普通の家族でも可能な金融資産と不動産資産の資産形成法だ。
この2つを長期でコツコツ実践すれば、ものすごいパワーを発揮する。そして大事なのは、コツコツ型の堅実投資は長期で結果を出すものであり、後から早送りで結果を取り戻すことはできないということなんだ。
アカリ:時間を味方につけて、長期でコツコツが大事ってことですね。資産運用の基本的な考えがよーくわかりました。
ケイさんが最初に言っていた大切な3つの幹とは、こういうことですね。
【日本人が知っておくべき「投資」の3つの幹】
①国が用意した金融投資の制度について
→NISAやiDeCoなどの税優遇制度を利用する
②金融投資商品選びの一般的な意見について
→世界経済の成長を意識しながら、
投資信託などで、優良な資産へ長期で幅広く投資を続ける
③持ち家か賃貸かについて
→将来的に資産価値が見込める持ち家で、ストックをコツコツと増やしていく
「人生100年時代」60代の人でも「先」は相当長い
ケイ:その通り。家族Aが資産1億円に届いたように、普通の人はコツコツ型のまっとうな投資で十分。金融資産と不動産資産のストックという二刀流なら心強いね。
今回は都内に住む家族を例にあげたけど、地方より東京に住んでいる人が得だということもない。地方は東京に比べて住宅費が安いから、その分金融投資に回すことができるからね。
アカリ:はい。とにかく長期でコツコツが大事。始めるなら早いほうがいいですね。
ケイ:うん。人生100年時代、50代、60代の人でも、先は相当長い。誰にとってもコツコツ型の投資をはじめることは大切だよ。
iDeCoや新しくなるNISAなど、国の制度もそれを応援しているし、僕はすべての人が「資産運用の『ある』人生で豊かになる」ことを願っています。
アカリ:私も1000万円、いや1億円目指して、コツコツ頑張ろう!
WealthPark研究所 所長 加藤航介(かとう こうすけ)‐ プレジデント/インベストメント・エバンジェリスト:「すべての人に投資の新しい扉をひらく」ための研究、啓発のための情報発信を行なう。2021年より現職。