日本における資産形成のWHYを見つめ直す(第1回)

WealthPark研究所 所長 加藤航介が「ニッキン投信情報」に「日本における資産形成のWHYを見つめ直す」(全5回)を寄稿しました。今回は第1回をお届けします(2022年10月10日号掲載)。

なぜ、資産形成を行うべきなのであろうか。 この当たり前とも言える問いについて、金融業をなりわいにする我々は、顧客視点で真摯に向き合ってきただろうか。その理解の広さと深さは、日本の個人金融資産の配分や、財産所得の拡大に多大な影響を与えるだろう。

そもそも資産形成の背後にある投資とは、 「世の中を良くしたい」という人の想いや夢に向けての明るく前向きな活動である。一方で、 投資は怪しい、危ないなど、投機色の強い暗く後ろ向きの印象を持っている個人は非常に多い。資産形成への取り組みを人々の日常の当たり前にしていくためには、お金が増える減るといった金銭的な視点を超えての、より社会的な論点を、我々側が整理しておかなければならな いだろう。それは「将来の教育資金や老後資金 のため」や「将来叶えたい夢の実現のため」といった理解だけでは不十分と考える。5回にわたる連載で、これらを解説していきたい。

■ 資産形成のHOWとWHATのコンセンサス

現在、著者は資産運用をテクノロジーで推進するスタートアップ企業で働いている。スタートアップ業界、特に世界のイノベーションの中心である米国西海岸においては、新商品・サー ビスにより顧客の慣習を変容させ、新しいビジネス市場を作っていく方法論として、ゴールデ ンサークル理論がよく取り上げられる。人の心に刺さるメッセージは「WHY⇒HOW⇒WH AT」の順であることが重要であり、それにより新しい市場を作り出すことができるという考え方だ。

このアプローチは、既に市場が存在し、消費者がよく理解している商品・サービスを扱う通常のビジネスの慣行とは順序が真逆であると言われる。通常、企業側の社員は商品やサービス、すなわちWHAT自体の数値目標を持っており、顧客との会話の起点はどうしてもWH ATになりがちだ。例えば「今日は、おススメの商品があります」「この度、新しい投資信託の販売を始めました」などである。WHATを起点とするアプローチは、ベテランの投資家層とのコミュニケーションには、引き続き、有効なアプローチとなろう。一方、今までテコでも動かなかった個人金融資産2,000兆円という大きな山を動かしていくとなると、我々が向き合うべきはWHYからのアプローチではないだろうか。

さて、それでは資産運用ビジネスの現場での WHY、HOW、WHATについて切り分けて考えてみよう。観察してみると、HOWとWHATについては、ここ数十年でそれぞれ二つの大きな進歩が見られたものと考えられる。

まず、HOWの部分、すなわち「どのように資産形成をすればよいのか?」では、二つのこ とがコンセンサスとなっただろう。一つ目は、現代ポートフォリオ理論を背景とした国際分散投資の有効性が、過去の市場データと共に定量的に示され、長期・分散・積立を軸とする資産形成の合理性が広く理解されたことだ。二つ目は、ライフプランニングを起点とするゴールベ ースアプローチだ。消費者一人ひとりの個性あるライフプランを長期に見ながら、足元で必要な資産運用額や、望まれるポートフォリオを考えていく。投資や資産形成とは、より良い人生を過ごすという目的のための手段である、という理解が進んだ。

WHAT「何を使って資産形成をすればよいのか?」についても、同じく二つのことがコンセンサスとして固まってきた。一つ目は、パッシブファンドの利用である。低コストの投資信 託・上場投信(ETF)、もしくはパッシブ運用 を内包したラップ型商品やバランス型ファンド が多数提供され、それらの残高は着実に積み上がっている。未来は常に不確かな中で、手数料 が安いという確かさと、広く分散した市場ポートフォリオを持つという安心感がパッシブファ ンドの魅力である。パッシブファンドの価格を決め、実経済と金融市場を実際に結びつけているアクティブファンドの存在が、これからも重 要な役割を果たしていくことに疑いはない。ただし、その分かりやすさと手数料の安さから、一般の方が長期に資産形成を行う商品として、パッシブファンドは大きな市民権を得ただろう。二つ目は、資産形成における税制優遇制度の拡充である(確定拠出年金、個人型確定拠出年金〈iDeCo〉、積み立て型の少額投資非課 税制度〈つみたてNISA〉など)。「何の口座で資産形成を始めればよいのか?」という消費者の迷いは大きく減ったと思われる。

まとめると、一般の方が資産形成を行うためのHOWとWHATについては既に王道とも言える方法が存在している。これらの認知の浸透と共に、残りのWHYのパーツが埋まれば、日本における資産形成の文化は大きく動きだすだろう。昨今、盛り上がりを見せている金融リテラシー教育においても、HOWやWHATのみに傾注することなく、WHYについても真摯に向き合うことが大切と考える。

■ WHYについて広い視野で考えてみる

さて、金融業界にいる我々は書籍や様々な試験などで、投資や資産形成における沢山のHO WやWHATの知識を得てきたと思われる。一 方、「投資とは何か?」「資産形成がなぜ大切なのか?」というWHYについて、立ち止まってゆっくり考える時間は少なかったのではないだろうか。大学院や難関資格などへ進めば、HOWやWHATについてはさらに掘り下げる反面、WHYは置き去りにされてしまうことが多いだろう。WHYというパーツが抜けていることで、せっかくの専門知識が現場の顧客ニーズと乖離してしまい、十分なサービスができていないこともあるだろう。

この連載コラムでは、資産運用のWHYに焦点を当てる。お金を増やす「Make money」という視点からは離れて、投資のそもそもの社会的役割や、日本のグローバル社会における相対感に注目する。具体的には、下記の論点を取り上げていきたい。

・資産運用は、勤労・納税・教育と同様の必須の社会参加なのか
・日本と世界における相対的な所得水準の長期変化
・人的資産の国際分散を修正する重要性
・日本の家計の支出・負債サイドの特性と資産運用
・世界の将来世代から仕送りを受ける仕組み

また、資産運用について多くの方が無意識な がら不安に感じられているであろうトピックに ついても考察していきたい。例えば、日本人の海外投資は日本を弱くするのか、資産運用は格 差を広げるのか、ギャンブルと投資の違い―― などである。

当連載が、資産運用アドバイザーとして活躍される方の、新しい知識や話の引き出しとなれば幸いである。

第 2 回に続く

WealthPark研究所 所長 加藤航介(かとう こうすけ)‐ プレジデント/インベストメント・エバンジェリスト:「すべての人に投資の新しい扉をひらく」ための研究、啓発のための情報発信を行なう。2021年より現職。

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